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【判例】「虚偽の」証明書をもって締結した労働契約は有効か?(2014年12月05日)

【判例】「虚偽の」証明書をもって締結した労働契約は有効か?(2014年12月05日)

案例:

 某工場では経営上の理由から、溶接技術者を招聘していた。厳さんはこの情報を聞き、ファックスで自身の履歴書を工場側に送った。厳さんの履歴書には溶接技能士、溶接技術者の資格を有すると書いてあった。厳さんは工場側の求めに従い面接を受け、自身の二級技師資格証と特殊設備生産単位技能士養成合格証を提示し、労働契約を結んだ。契約では厳さんを月収5000元(年棒は原則84000元)プラス社会保障費用400元で一年間雇い入れることとなっていた。うち月収についてはその四半期の目標達成度を元に増減され、年収については年間の目標達成度を基準として支払額が決定されると定められていた。

 契約満了後、厳さんは工場側が規定どおりの月給を支払わないこと、契約解除後経済補償金を支払わないことを理由として労働争議仲裁委員会へ仲裁を申し立てた。

 年棒が労働契約に記載されている額に満たないことについて、工場側は「労働契約履行期間に「特殊設備製造許可証」を申领した際、厳さんの提出した溶接技術者「養成合格証」は正規の溶接技術者「資格証」では無いことに気づき、厳さんは実際上溶接技術者の資格を有していなかったことがわかった。厳さんが応募時に詐称したことから、労働契約は無効である。しかも厳さんの業務遂行能力はとても溶接技術者のレベルにあるとは言えず、勤務期間もしばしば業務目標を達成できないことがあり、約定していた年棒を支払わなかった、と主張した。

 労働争議仲裁委員会は、工場側へ厳さんに賃金差額26163元の支払いを命じ、厳さんのその他の要求についてはこれを退けた。厳さんと工場側はこれを不服として、人民法院へ提訴した。

判决:

 法院は、厳さんは確かに正規の溶接技術者ではないが、被告(工場)へ応募した際確かに関連資格証書を被告へ提出しており、また詐欺的手段によって工場側と労働契約を結んだ訳ではない。また工場側が厳さんと労働契約を締結する際に審査を尽くさず、厳さんの資格に対し必要な調査をしなかったのは、工場側自身の過失である。労働契約を締結した後、厳さんは契約に基づいて溶接技術者の職責を果たしたのであり、工場側は厳さんの業務が効果基準に達しなかったことを証明できていない。更に、工場側は契約履行期間中に厳さんの証書が相応のものでないと知りながら、これについて厳さんへ注意することなく労働契約を満了している。これは工場側が厳さんの労働を認めたと見做すべきであり、双方の労働契約が合法かつ有効である以上、労働契約に基づいて各自の義務を履行すべきである。厳さんの、工場側と約定した年棒84000元の差額を支払えとの請求は法律の規定及び当事者間の約定に符合するものである。この差額は24670元であるから、一審は工場側へ支払われるべき賃金の差額24670元の支払いを命じ、厳さんの経済補償金支払その他の請求は棄却するものとする。

 一審判決後、厳さんと工場側は双方これを不服として上訴した。厳さんは、一審が経済補償金の支払い請求を棄却したことを不服であるとした。工場側は、厳さん自身に溶接技術者の資格が無く、溶接技術者の身分をもって溶接技術者の職位に応募してきた。また、養成証書の提出により工場側を溶接技術者であるかのように誤解せしめた。これらの行為は詐欺に該当するため、厳さんには工場側へ約定した賃金を支払うよう求める権利は無いと主張した。

 二審では、詐欺、強迫または「乗人之危」により、相手方が真実の意思に反する状況下にあって締結及び変更した労働契約は、無効または一部無効とすべきである。本案件において、厳さんが工場側へ提出した資格証書は真のものであり、詐欺的手段をもって工場側と労働契約を締結したものではない。また工場側には求職者の提出した資格証明書を審査する義務があり、工場側の「溶接技術者証書の様式等の認識不足」を理由として法院へ厳さんとの労働契約無効を申し立てることは、認められるものではない。また、厳さんの主張する双方の労働契約満了に伴う経済補償金の支払い請求については、棄却するものとする。

 二審判決:控訴棄却、一審確定

争点:

 

 どのようなケースで契約の詐欺無効が認められるか?

 

 本案件の争点は厳さんが溶接技術者の資格を有していないにも関わらず、履歴書に嘘の供述をした点について、このような行為が詐欺に該当し使用者との労働契約が無効となるか否かである。

解説:

 「中華人民共和国労働契約法」第八条には、「使用者は労働者の労働契約と直接相関関係にある基本情報を知る権利を有し、労働者は使用者へこれについて説明しなければならない」と規定している。また同法第二十六条には、「詐欺、強迫及び乗人之危により相手方が真実の意思に反する状況下にあって締結及び変更した労働契約は、無効または一部無効とする。労働者が告知義務を履行しない又は応募時に虚偽の情報を提供したときは、これにより必然的に労働契約の無効が導き出されるか否か具体的な状況を見て判断する」とある。以下の要件を具えたとき、労働契約は無効と判定される。

 一、労働者が故意に虚偽の情報を提供したこと。これはすなわち労働者が応募時に相手方へ故意に虚偽の状況を告知または真実の状況を隠蔽し、告知義務の不履行及び偽りをもって使用者を錯誤せしめることを言う。一部労働者は自身の履歴や職歴、資格取得状況や個人状況を盛って話したり、その職位や職務経歴などを個人的な文化及び知識水準の限界から見誤ることがあるが、これは労働者の詐欺的故意には該当しない。本案件において、原告の厳さんは確かに正規の溶接技術者資格は持っていなかったものの、自身の認識不足から「技能士」と「溶接技術者」を同一の概念と混同した。しかし招聘時に提出した証書は本物であり、嘘の資格証明書を提出し工場側に錯誤の意思表示をさせようとしたものではないため、厳さんに詐欺的故意は存在しなかった、と言える。

 二、使用者が合理的な審査義務を尽くしたこと。使用者は招聘において採用条件を提示するものだが、労働者側にはこの採用条件に符合することを証明する義務があり、使用者側には提出された資料を審査する義務がある。もし使用者自身がこれを審査せず、又は提出された資料についてその真実性を審査しなかったときは、労働者に就業の機会を与える結果となる。労働者が業務環境や業務内容に適応し、その仕事を全うしている中、使用者が労働者の提出した情報に虚偽があることを理由として労働契約の無効を主張しても、これは支持されない。

 本案件において、工場側は厳さんの提供した資格証書に対し合理的審査を尽くさず、厳さんに溶接技術者の職位を与えたのである。厳さんは労働契約を履行する過程において、自身の努力で職責に堪えるようになっており、工場側が労働契約満了後にその無効を主張することが、労働者に対しアンフェアであることは明らかである。

 三、労働者の提供した虚偽の情報と契約締結に必然的な関連性があること。本案件においてはこの問題に触れていないものの、これは労働契約締結において普遍的に存在する問題である。使用者の知る権利には限界があり、必要な範囲内での労働者の基本状況及び学歴、職歴、職業技能など労働契約締結に直接関わる事項に限られる。実際、ある事業単位では入職前の労働者に他企業で勤務していた時の収入状況をその履歴書に記載させ、記載した労働者へは賃金を割り増しすると言った事案もあった。その後双方間に争議が起った際、使用者は労働者の詐欺行為により契約無効を主張した。しかし、労働者の賃金は使用者内での職位、業務経験及び双方の話し合いによって決定されるべきものである。労働者の以前の収入状況は新たな労働契約の締結及び履行に必要なものではない。ゆえに、この事案において使用者側の主張する、労働者側の詐欺による労働契約無効の訴えは、退けられたのである。


        寄稿 --- 中智HR 法律諮詢部