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【判例】労働契約を法定期間(労働者の使用を開始した日より一ヶ月以内)後に事後契約した場合においても、労働契約未締結期間について「賃金二倍払い」が発生するか?(2021年1月29日)

案例:

張氏は2015年4月28日に上海市内の某コンサルティング企業へ入社し、アフターサービス職に就いた。しかし張氏は入社後まもなく顧客とのトラブルを起こしたため、会社側は張氏との労働契約に署名せず、2015年4月28日からの賃金を支払うだけに留めていた。

2015年9月10日、会社側は張氏と「労働契約」を締結した。そこには「労働契約期間は2015年4月28日より2018年4月27日までとし、本『労働契約』は2015年4月28日より発効する」とあり、最終ページの署名欄の日付も2015年4月28日となっていたが、従業員側の日付は「2015年9月10日」となっていた。

2016年5月20日、張氏は現地の仲裁委へ仲裁を申し立て、労働契約法に定める適時の労働契約が無かったことを理由として、会社側へ2015年5月28日より2015年9月9日までの賃金について賃金二倍額の差額分の支払いを求めた。

争点:

労働者の使用を開始してから一ヶ月後以降に労働契約を締結する場合において、労働契約に遡及効を定めることによって、労働契約未締結による「賃金二倍払い」を免れることはできるか?

判決:

労働仲裁委員会は張氏の「賃金二倍払い」請求を棄却した。張氏はこれを不服として会社所在地を管轄する法院へ提訴したが、一審で再度棄却されたため二審へ控訴した。二審の審査において、裁判官は原判決を破棄し張氏の訴えを認めるべきとの見方を示したが、判決前に会社側が賃金二倍払いに応じるとしたことから、張氏の間で和解が成立した。

分析:

本案件を法的視点からまとめると、次のようになる。使用単位が労働者の使用を開始して、労働契約を締結しないまま一ヶ月が経過した後に、実際に入社した日を発効日とする労働契約を締結している。この契約書は契約者の一方が入社時の日付で、もう一方が実際の日付で署名しており、また労働契約に定める契約期間について、労働者が事実上使用単位において労働を開始した日を含んでおり、労働契約中で遡及効を認めている。また、使用単位は労働者の社会保険料及び公共住宅積立金を納付しており、労働者側は何ら損害を受けていない。このような状況にあっても、使用単位は労働者へ労働契約未締結による二倍の賃金を支払う義務が生じるのだろうか?

本案件の処理については、二つの説に別れている。

一つは、「労働契約法」第82条の「労働者の使用を開始して1ヶ月以内に労働者と書面による労働契約を締結しなかったときは、二倍の賃金を支払う」との規定は、使用単位が労働者と労働契約を締結しているか否か、事後契約された労働契約が事実上労働関係のあった期間を含んでいるか否かを鑑み、労働者側の利益に実際の損害があった場合に、使用単位は労働者に対し当該月ごとに二倍の賃金を支払わなければならない、とするものである。この説に立てば、本案件において労働者が仲裁を申し立てたとき、労働契約には既に署名がなされており、また当該労働契約は実際に労働関係があった期間をすべて含んでいる。しかも使用単位は労働契約が締結されなかった期間も、賃金の未払いや社会保険費の未納付など労働者の合法的権益を侵す行為をしておらず、適時に労働契約を締結しなかったことが労働者に何ら不利益をもたらしていない。ゆえに労働契約法82条は適用されないこととなる。また、本案件において使用単位とその従業員である張氏との間で締結された労働契約には「本労働契約は2015年4月28日より発効する」と明確に記載されており、すなわち労使双方は労働契約の発効日を追認した形となっている。

「上海市労働契約条例」第12条には、「労働契約は労使双方が署名した日に発効する。労使双方は発効の期限及び条件を約定したときは、その約定に従う」とあり、本案件において労働契約の発効日は2015年4月28日と定められている。ゆえに、労使双方の一方が2015年9月10日と署名しているけれども、2015年4月28日の契約発効には何ら影響を及ぼさない。更に言えば、張氏2015年9月10日労働契約に署名した際、当該労働契約が2015年4月28日に発効し、労使双方間に労働関係があった期間が労働契約に全て含まれることに同意している。これは、張氏が労働契約を締結した時点で、当該労働契約が労働関係成立時に遡って適用されることに同意していたということを意味しており、張氏の2015年4月28日から9月10日までの期間について労働契約が締結されていなかったとの主張と完全に矛盾していることから、法院は民事訴訟法の禁反言の法理に基づき張氏の主張を認めるべきではない。ゆえに本案件の労働契約は、確かに一方の日付が2015年9月となっているけれども、使用単位が実際に使用を開始した日(契約の発効日)に遡及して効力が生じているから、「労働契約法」第82条に定める「賃金二倍払い」は適用されない、とされる。

この説は仲裁委及び一審が支持しており、仲裁庭はこの問題について次のような判決文を示している。「申立人(労働者)と被申立人(使用単位)は2015年4月28日より2018年4月27日までの有期労働契約を締結している。確かに申立人は当該労働契約を締結した日を2015年9月10日に締結したと主張しているが、当該契約の期間は2015年4月28日より2015年9月10日の期間を含んでいるから、申立人が主張する労働契約未締結期間は存在しない。故に申立人が主張する労働契約未締結による賃金二倍額の差額の支払いを求める訴えには法的根拠がなく、これを支持しない」。また、一審は、「原告と被告は入社後4ヶ月後に労働契約を締結しているが、双方が既に労働関係を履行した期間は書面による労働契約の期間内に内包されており、原告はこの契約が詐欺、脅迫及び『乗人之危(弱みにつけ込む)』の状況下で締結されたものであることを証明できなかったことから、当該労働契約を真実の意思表示であると認める。原告は労働契約の締結時、当該労働契約が労働関係の事実的に存在していた期間に遡及されることに同意していたことから、2015年5月27日から2015年9月10日までの労働契約未締結期間における賃金二倍払いの訴えは、事実的根拠を欠きこれを認めない」としている。

もう一つの説は、労働契約法第82条に定める「労働者の使用を開始して1ヶ月以内に労働者と書面による労働契約を締結しなかったときは、二倍の賃金を支払う」との規定は、使用単位が一ヶ月を超えても労働者と労働契約を締結しなかった場合は、事後に労働契約を締結した場合でも遡及して効果を発揮しないとするものである。労働契約が事後に締結されていようと、また労働契約に遡及効があろうと、労働契約が締結されていなかった期間が事実として存在している以上、「労働契約法」第82条の適用を受ける。社会保険費の納付があったか否か、労働者に直接的な損害があったか否かも、「労働契約法」第82条の適用には何ら影響せず、ただ労働契約の締結が無かったという事実のみで、使用単位は賃金二倍払いの責任を負うのである。

本案件における労働契約の発効日は、使用単位が実際に労働者の使用を開始した2015年4月28日である。この観点は、(労働契約に約定されていることから)契約の自由意志の原則によるものであるが、労働関係である以上、労働行政の厳格な管理に基づかねばならない。特別法である労働契約法は一般法に優先されることから、労働契約においては「労働契約法」を厳格に適用すべきである。すなわち、ただそこに契約未締結の事実があれば、如何なる救済措置や遡及効への同意があろうとも、賃金二倍払いの法的責任を免れ得ないのである。以上の説は本案件において二審が採用したものであり、二審が使用単位へこの説を示した結果、最終的に労使双方の和解へと繋がっている。

上海市法院は事後の労働契約締結について労働契約法第82条を厳格に適用しており、労働契約に遡及効があろうと無かろうと、労働契約を締結すべき時に締結しなかったという事実があるだけで、労働契約法第82条により「賃金二倍払い」の対象となるということがわかる。

これらの案件において注目すべきは、遡及効を定めた労働契約を締結した際に(労働契約を締結していない期間について)賃金二倍払いを認めるか否かについて、仲裁庭はすべからく労働者の申立を棄却している一方、上海市法院は仲裁庭の判断を覆して労働者の申立通り賃金二倍払いを認めている点である。

但し一部地域の法院では、この問題について異なる観点から判断を下す規則を定めている。例えば「深圳市労働争議仲裁、訴訟実務座談会紀要」(2010年3月9日深圳市中級人民法院審判委員会第六次会議討論通過)では、「七、使用単位が法に定める期限に基づく書面による労働契約を締結しなかったときは、以降において労使双方で労働契約を締結した場合であっても、労働者の使用単位に対する賃金二倍払いの請求を支持する。但し労使双方で締結した労働契約に署名された日時が法定期限内であるか、もしくは労使双方で締結した労働契約が既に履行されている事実上労働関係が存在する期間を含むときは、労使双方が自発的に労働契約を締結したものとみなし、この場合においては労働者の賃金二倍払い請求を認めない」としている。このことから、もし張氏の案件が深圳中院の管轄区内で発生したときは、「労使双方で締結した労働契約が既に履行されている事実上労働関係が存在する期間を含む」から、労使双方が自発的に労働契約を締結したと見なされるため、深圳地区の法院は賃金二倍払いの請求を退ける可能性が高いと言える。

また、「労働争議調停仲裁法」では、労働者が使用単位へ賃金二倍払いを申し立てた場合、この申立は「経済的保証及び損害賠償等の発生についての争議」に属するため、仲裁の時効は一年となる。仲裁の時効は労働者が(不利益を)知ったときもしくは使用単位が権利を侵害した日より起算し、労働者は一年以内に仲裁を申し立てる必要があるため、もし労働契約書に署名された日付から一年を経過して申立が行われたときは、仲裁庭はこれを認めないことになる。

多くの使用単位は、様々な理由により労働者の入社後1ヶ月以内に労働契約を締結できなかった場合、事後に労働契約を締結する、労働契約に遡及効を盛り込む等の手法を採りがちである。しかし上述の判例分析のように、労働契約の事後締結や遡及効の盛り込みは使用単位の「賃金二倍払い」のリスクを軽減せしめるものではない。例え労働者の同意が得られていたとしても、一旦労働者が仲裁を申し立てれば(あるいは訴訟を提訴すれば)、法院は使用単位に対し労働者の使用を開始した日より一ヶ月を経過した日より起算して実際に労働した期間について二倍の賃金を支払うよう判決を下す可能性が高い。契約法における署名日や発効日等の一般規定が、労働契約を巡る紛争に適用されるとは限らないのである。法院は、労働契約を巡る紛争については「労働契約法」を厳格に適用し、併せて労働者の権利保護を十分考慮した上で裁判を進めるのである。ゆえに、各使用単位におかれては、労働者と適時書面による労働契約を締結するよう注意されたい。