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聞いてみなければ解らない!人物インタビューシリーズ 第11回

『上海伊藤忠商事有限公司 岡田明彦董事・総経理インタビュー!』  2013年11月13日


上海伊藤忠商事有限公司
董事・総経理 岡田明彦 氏

  ●  「攻めの人事」で“中国最強商社”を誇示

  ●  研修制度の強化で「吸引力」を底上げへ

 

(弊社インタビュアー)(以下弊社)

日中国交回復に先立ち、大手商社として初めて日中貿易再開の批准を獲得して以来、伊藤忠商事はさまざまなビジネスに取り組んできました。昨今では「生活消費関連」で大手企業とのアライアンスを構築していくなど、“中国最強商社”としての存在感を誇示しています。時代が求める「商社マン」像が変化するなかで、同社がどんな「人材リスク」に直面し、これを克服しようとしているのか、上海伊藤忠商事有限公司、岡田明彦董事・総経理に伺いました。

 

◆◆◆    【コア事業は「消費生活領域」にシフト】  ◆◆◆

(弊社)

本日はお忙しい中、インタビューをお受けいただきまして有難うございます。さっそくですが、 御社、上海伊藤忠商事有限公司様は、「中国最強商社」として存在感を誇示されている御社ですが、主力事業は時代とともに変化しています。

 

(岡田董事・総経理)

 かつて「ラーメンからミサイルまで」と比喩されたように、極めて多くの商品やサービスを取り扱うのが総合商社です。長年の取引関係を通した顧客基盤が日本国内にあるというのは大きな強みでしょう。

 この10年ほどは、海外で資源を確保して輸入し、それをメーカーや電力会社などに供給するという「資源ビジネス」がコアとなり、総合商社に利益をもたらしてきました。それより遡りますと、中国の改革・開放政策を受け、製鉄所や化学プラント、製油所といったインフラ建設に力を入れてきた時代もあります。80年代、90年代のことです。

 人民元高や労働コストの高騰などを受けて、中国の「加工組立輸出」モデルも転機を迎えるなか、伊藤忠がいま中国ビジネスのどんな分野に活路を見出しているかといえば、「生活消費分野」です。中国人の所得上昇を受け、化粧品や乳児向けなどのおむつ、そのほかパルプ、紙製品、食料品といった個人向け消費の分野では、より安心で安全性に優れたクォリティーを消費者が求めるようになってきているからです。

 

(弊社)

 御社における非資源分野のビジネスは資源分野の2倍の規模もあるそうですね。今後はトレードの拡大よりも事業投資に力点が置かれてくるのでしょうか。

 

(岡田董事・総経理)

 現在、事業会社からの収益が全体に占める割合は、ざっと60%といったところでしょうか。消費財だけでなく、サービス面でのニーズも高まっています。たとえば百貨店などの接客業における運営方法がそれに当たります。少し前まではモノを買っても従業員がカウンター越しにお釣りを放り投げて寄越してくる光景が珍しくありませんでした。さすがに大都市ではこんなことはないかと思いますが、サービスの概念さえ浸透していない地域はまだまだ多いことでしょう。

 じつは、伊藤忠では、中小零細企業向けの小口金融分野も手がけており、伸びを見せています。これもお金を介した一種のサービス業といえるでしょう。数年前までは制限業種でしたが、開放後、香港にある弊社の投資企業が大陸事業を展開しています。中国の大手国営銀行は、家族経営である“パパ・ママストア”や自動車修理工場といった零細企業にはお金を貸しません。それゆえ、解禁された無担保ローンによる信用貸しを行うサービスが彼らのニーズを取り込んでいるというわけです。

 

◆◆◆    【中国の「人事」問題はアメリカに類似?】  ◆◆◆

 

(弊社)

 ビジネス環境が変わり、コア事業がシフトすることで、時代が求める「商社マン」像というのも変わってきているのではないでしょうか。

 

(岡田董事・総経理)

 そうですね。以前、商社が必要とした人材は、トレードに能力を発揮できる、いわば“商売上手”な人だったといえます。いかに競争力のあるプロダクトを買いつけ、いかにして良好な顧客に向けて販売していくかに長けた人材が求められていました。

 ところが、トレードを通して得る収益よりも事業収益のほうが高いシェア(60%)を持つようになりますと、今後、求められてくるのは“事業・経営人材”となります。すなわち事業経営ができるとか、事業買収ができる、あるいは事業を運営して会社を経営ができるという人材が必要になってくるのです。

 

(弊社)

 そうした人材を確保し運用していくうえで、困難やリスクはありますか。

 

(岡田董事・総経理)

 もちろんジョブホッピングの問題があります。優秀な人ほど当然、他社から多くの誘いも受けるわけで、事業経営、経営者になれそうだなと思った有望な人たちがある日、突然離職してしまうということが往々にしてあるわけです。

 ライバル会社への転職はむろん、優秀な人材がいつの間にか得意先のところに移ってしまったという笑うに笑えない話しもあります。こうした中国の人材市場の実態は、きわめてアメリカに似ていると思います。

◆◆◆    【いかにして人材流出を防ぐか】  ◆◆◆

 

(弊社)

 ジョブホッピングを防ぐために、社内制度上、何か工夫はされていますでしょうか?

 

(岡田董事・総経理)

 いくつかの観点があります。ひとつは処遇、簡単にいえば給与です。高い給与を払いたいけれど、従業員の望みをすべてかなえていたら会社はパンクしてしまいます(笑)。ですから、発揮してもらった能力や貢献度に応じて高い金額を支払うといった、一種の成果主義を取り入れた対応が必要となってきます。

 ただ、職位レベルやスキルによって従業員の処遇に対するニーズは異なってくるでしょう。新入社員が望むことと入社20年のベテラン社員が望むこととは明らかに違います。それぞれのステージにしたがって、異なる処遇をしなければならないと認識しています。

 また、給与だけでなく、休暇制度であるとか福利厚生というのも充実させていかないと、進出企業も中国で戦っていくのが困難な時代になっています。「競争力のある福利厚生」が必要だといえましょう。

 研修制度も大切です。従業員のレベル、ステージによって研修の中身は異なってきますが、制度を整備し、強化していくことが重要です。たとえば入社間もない社員に対しては基礎研修とか語学研修などがあるでしょう。次のステップはマネジメント研修。そして最後は経営ノウハウや実務。幅広い研修制度をつくり、それを充実させていくように弊社は努めています。

 

(弊社)

 海外研修についてはいかがでしょうか?

 

(岡田董事・総経理)

 弊社では、本社への2年間の研修制度を設けています。幹部候補生を東京、大阪に派遣し、OJTの機会を与えています。2008年から手がけており、今日まで累計で40人程度を送り出してきました。また、課長候補、部長候補人材の日本への短期研修を頻繁に行なっているほか、短期MBA制度も用意しています。短期MBAは中国全体で選抜するのは毎回1名だけという狭き門となりますが、今年の留学先にはシンガポール大学を選びました。

◆◆◆    【“論功行賞”としての「研修」】  ◆◆◆

 

(弊社)

 上海日本商工クラブ理事長として、会員企業が直面する人事問題についても耳にされることが多いのではないでしょうか。

 

(岡田董事・総経理)

 昨秋、日中関係が悪化したときは、労働争議を心配された企業がいくつかありました。デモに参加しようとしている従業員への対応についてアドバイスを求められたこともあります。  恒常的な問題となっているのは、すでに触れましたように、やはり退職率の高さではないでしょうか。どうやって優秀な従業員や工員を引き止めるかは、会員企業に共通した経営課題であり、多くの企業の方が悩みを漏らしています。

 当社もそうですが、中国における事業年数が長くなり、幹部人材が育ってきたとき、どこまで登用すべきかは判断しづらいことでしょう。有能な人材をこういうふうに配置したいと思ったときに、やめられてしまうのは辛いものです。ただ、自社が吸引力を欠いているから人材が辞めていくという側面もあるわけですし、事態の再発防止には、まず各社それぞれ自社の魅力を高めていく必要があることでしょう。

 

(弊社)

 その点でも、研修制度を整える意義があるということですね。

 

(岡田董事・総経理)

 そうですね。ジョブホッピングが多いという点だけでなく、とても研修好きだという点でも、中国人は極めてアメリカ人に相似していると私は思っています。

 私がアメリカに駐在にしていた時のことです。コロンビア大学に短期研修に参加する機会がありました。なんだか“ペナルティー”を受けたように感じられて私は苦痛でたまらなかったのですが(笑)、席を隣り合わせたアメリカ人の参加者と雑談すると、「とても有意義なレクチャーだ」と言って満足気だったのです(笑)。どうやらそのアメリカ人は、研修をひとつの“論功行賞”、“ごほうび”として認識していたようなのです。

 中国人社員もそのような傾向があるのではないでしょうか。研修制度の整備と強化が必要だと私が考えるゆえんです。ただし、折角の研修機会を与える訳ですから、社員には意識を高く持って研修に臨んで貰う必要があります。弊社では、例えば2日間の研修を設定するのであれば、後半1日を休日である土曜日に実施しています。「自分自身のため」の研修なのだという社員の意識づけに、多少ではありますが役立つのではないかと思っています。 

 

(弊社)

 本日は、中国最強商社を自負する伊藤忠の今後の事業展望や、長年の商社経験から看た人事問題等、大変興味深いお話をお伺いしました。お忙しい中、大変有難うございました。

 

 

 【岡田明彦(おかだ・あきひこ)氏のプロフィール】

 伊藤忠商事株式会社東アジア総代表補佐(華東担当)・上海伊藤忠商事有限公司総経理。福岡県出身。1983年早稲田大学商学部卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。軽金属部、非鉄金属部などを経て、2006年に中国金属・エネルギーグループ長(上海駐在)、09年に金属・エネルギー経営企画部長を歴任する。12年より現職。13年1月から上海日本商工クラブの理事長に就任。

 

 【上海伊藤忠商事有限公司  様 会社情報】

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