ホーム > HRニュース > 中国HRニュース >【判例】労災認定において当事者の主張が真っ向から食い違う場合、労災をどのように認定するか? (2015年12月02日)

【判例】労災認定において当事者の主張が真っ向から食い違う場合、労災をどのように認定するか?

【判例】労災認定において当事者の主張が真っ向から食い違う場合、労災をどのように認定するか? (2015年12月02日)

案例:

 程氏はA木工有限公司の従業員であったが、同社とは労働契約を締結しておらず、また社会保険にも加入していなかった。2013年10月28日、程氏は本人の責任によらない交通事故で死亡した。程氏の親族はこれを労災であるとして、2013年12月現地社保行政部門へ労災認定の申請を提出し、併せてA木工有限公司の発行した「程氏がA社の従業員であり、2008年8月から現在までの月給は3200元である」旨の証明書と、交通警察が事故当日に程氏の父親に対し行った調査の記録を提出した。記録には、程氏とその父親が同居しており、父親は程氏が出勤途中の路上で交通事故に遭い死亡したと認識している旨が記載されていた。

 社保行政部門が申請を受理した後調査を行った際、A社側は「証明書は確かに会社側が記載したものだが、程氏の親族は交通事故として処理するために会社側を騙して証明書を発行させた。しかも程氏の父親と程氏には利害関係があり、その証言は信用できず、これらの証拠では出勤中の交通事故と認められない。実際のところ、程氏はその時既に休暇を取っており、発生した交通事故と会社側とは何ら関係が無い」として、程氏の署名がある休暇届を証拠として提出した。その内容は、程氏が2012年10月28日から29日まで休暇を取るというものであり、経理の許可があるのみならず、備考欄には程氏の班長の署名があり、申請者欄には程氏の署名があった。

 社保行政部門はこれを受けて当該経理及び班長を調査したが、両者とも会社では従業員が休暇を申請する際は書面による申請をし、上層部がこれを許可することとなっている、と述べたが、会社側は就業規則を引き渡さなかった。会社側は、程氏が休暇を申請したこと及び休暇届の文字が間違いなく程氏のものであることを証明するために、その他の従業員の証言や程氏が死亡する前の賃金台帳などを提出した。

 程氏の親族は会社側が労災を認めないことについて、会社側の管理は混乱しており、就業規則が無く、従業員が賃金を受け取る際も本人に署名させず班長を通じて支払われていた。従業員の休暇申請についても決まった制度は無く、書面による休暇申請はあり得ない。従業員の証言は組織ぐるみの口裏合わせであり、事実と異なるため信用に値しない。会社側は労災補償の責任から逃れる為に、程氏の休暇届を偽造し、賃金台帳に署名したと主張した。

 その後の調査により、程氏は2009年9月に結婚したが、2011年6月に争議の末離婚していることが判明し、程氏が婚姻した際の本人による署名が残っていた。休暇届の署名の真偽を確認する為、社保行政機関は法定機関に保管してある文書の程氏による署名を司法調査のサンプルとし、会社側の提出した休暇届、賃金台帳の署名と照会することとした。社保行政機関は双方当事者へ署名を照会することと、調査に協力しない場合法的に不利益を被ることを告知した。これに対して、程氏の親族は積極的に調査に協力したが、会社側は行政機関の呼びかけに応じず、調査にも協力しなかったため、社保行政機関は程氏に対する労災認定を決定した。

争点:

 労災認定において、事実に対し労使双方の主張が食い違う場合、その事実をどのように判明させるのか?

分析:

 

 本案件は、当事者双方の同一事案に対する主張が真っ向から対立し、かつどちらの証拠も直接的に否定できないものである。このような場合は、当事者双方の証明力を総合的に比較、考慮し、より明確で有力な証拠基準(いわゆる「明確で有力な証拠基準」とは、当事者双方の提出した証拠を比較したとき、真実性の強い一方の証拠をもってその案件における事実の存在もしくは事実の存在の可能性を認めるに値する基準を指す)を示した一方の主張を事実である可能性が高いとし、これを当該案件における事実と推定する。労災認定における証拠能力の比較、判明、推定の過程は連続性を持つものなので、明確で有力な証拠基準の適用は行政訴訟において遵守しなければならない一般的な証拠証明基準であるのみならず、労災認定の行政手続における証拠の比較、分析、認定においても遵守しなければならない基本原則なのである。

 労働者の労災認定申請は往々にして事後行為であり、時間を遡ることは出来ないので、過去に発生した事件を再現することはできない。ゆえに案件における事実の究明は一種の遡及的証明であり、当該案件の事実の究明には「遡及」と「再現」のみが用いられる。労災認定の行政手続は受理した後に調査、裁決するものであるから、十分な証拠の収集があった上で、初めて解明された事実と関連する法律法規に基づく具体的な行政行為が可能となる。

 労働関係において、労働者と使用者の間に一種の管理関係が存在し、労働者は使用者に対し一定の従属性が認められ、かつ労働者がその関係性において弱い立場にあることを鑑みれば、労災認定における使用者側と労働者側の証明責任は同一ではない。「労災保険条例」第十八条には、労働者が労災認定を申請するためには、まず使用者との間に労働関係があることを証明した上で、労働者の医療診断証明書及び職業病診断証明書を提出すればよいのである。また、同第十九条では、労働者及びその親族が労災を主張し、使用者がこれを認めないときは、使用者側に証明責任があるとしている。このことから、労災認定において、労働者が負うべき証明責任は初歩的なものに留まり、その他の証明責任は使用者側が負うと見ることができる。当該労働者が労災に該当するか否かは、使用者に証明義務があり、証明責任は倒置されているのである。

 「労働契約法」第四条には、使用者は法に基づき規定制度を規定、改善し、労働者の権利の行使及び義務の履行を保障しなければならないとしている。労働者が休暇を取ることは使用者の労働時間管理の範疇にあり、労働時間の管理は使用者の労働者管理において重要な位置を占めるのみならず、労働者の利益に大きく関わるものであるから、規定制度により明文化、規格化されていなければならないのである。本案件においては、会社側が規定制度を提示しなかったことにより、従業員の休暇申請が適切であったか否かを確定することができず、ゆえに程氏が提出したとされる休暇届の信憑性は非常に疑わしいものとなっている。加えて会社側は司法による署名の筆跡調査にも非協力的であり、このことから推定すると、会社側の提出した一連の証拠(休暇申請書類、賃金台帳、証言)は虚偽である可能性が高く、信用性が著しく低いため、証明不能であると言える。これに対して、程氏の親族は基本的な証拠を揃えただけではあるけれども、立証責任の分配や証拠能力などを総合して判断すると、程氏が出勤中に交通事故で死亡したとするに足り、結果事実として認定されたのである。