ホーム > HRニュース > 中国HRニュース> 【判例】採用通知書は労働契約と同じ法的効力を有するか?(2016年12月1日)

【判例】採用通知書は労働契約と同じ法的効力を有するか?(2016年12月1日)

案例:

2014年10月8日、張氏は某社に就職し、翌日10月9日、会社側と張氏は「招聘通知書」に署名した。通知書では、張氏の職位や採用時資料、採用日時、留意事項及び法的責任について記されていた。うち職位については「職位:設計総主任、所属部署:建築部、年棒:控除後37万元、試用期間の賃金:2万元、試用期間:90日、福利厚生:国家規定及び就業規則に基づく」との記載があり、留意事項及び法的責任の欄には「通知書は、張氏がその内容に誤りが無いことを確認し、氏名及び署名日時を記載して会社側へ送付した後に発効する。張氏と当社が正式な労働契約を締結した後、本通知書の内容は正式な労働契約となる」と記されていた。2014年10月30日、双方は「機密保持協議書」に署名し、技術や商業的機密の保持について書面による約定を交わした。その後両者は正式な労働契約を交わさなかった。

 2014年12月11日、張氏は会社側へ辞表を提出した。張氏は2014年12月10日まで社内で働いていた。2015年2月4日、張氏は上海市某区労働人事争議仲裁委員会へ申し立てを行い、会社側へ労働契約を締結しなかったことに対する賃金二倍の損害賠償金の支払いを請求した。

 使用者側は、「通知書」は職位、年棒、賃金、試用期間、試用期間中の賃金、勤務場所、所属部署などの内容を定めたもので、労働契約の絶対的記載事項を記載しているから、労働契約と同じものと見なされる、と主張した。これに対し張氏は、確かに双方間で「通知書」と「機密保持協議書」を交わしたけれども、いずれも労働契約の絶対的記載事項を満たしていない上、労働契約書としての記載要件も満たしておらず、労働契約であるとは言い難い。しかも通知書には「張氏と当社が正式な労働契約を締結した後、本通知書の内容は正式な労働契約となる」との一文がある。これはつまり、通知書以外に双方間で正式な労働契約を締結しなければならないことを意味する。自身はかつて会社側へ労働契約を締結するよう求めたが、会社側は試用期間満了後に契約を締結すると回答した。この点は明らかに「労働契約法」の規定に反する、と主張した。

 最終的に、労働人事争議仲裁委員会は張氏の主張を認めた。

争点: 

採用通知書は労働契約書と同じ法的効力を有するか?

分析: 

上述の判例から見て取れるように、司法機関が使用者へ賃金二倍払いを命ずるか否かは、労働契約の法的効力を有する文書があるか否か、使用者が話し合いの義務を履行したか否かを慎重に考慮して決定される。上述の判例における「通知書」の「職位情報」で約定された内容は非常に簡単なものであり、労働契約に必要な約款を含んでおらず、双方に争いが起こったとき労働者側が「通知書」の約定を依拠として権利を主張するのは難しいであろう。また、「通知書」の最後に会社側が「張氏と当社が正式な労働契約を締結した後、本通知書の内容は正式な労働契約となる」と記載していることから、「通知書」の他に労働者側が署名しなければならない書類があったことは明白であり、会社側が書面による労働契約を締結する義務を履行していないことも明らかである。

実務において、書面による労働契約を締結していない場合は以下の点に注意が必要である。

(一)使用者には労働者と誠実に話し合う義務がある

労働契約法では書面による労働契約の締結を義務付けているが、これは労働契約の内容を固定化させ、公権力による労働関係への介入、管理に利便性を持たせることと、使用者へ誠実協議義務の履行を促し、労働者へ労働関係の内容を明らかにさせることを目的としている。ゆえに労働契約は合法的な内容と双方の合意の二つを具えていなければならず、この二つの要件さえ満たしていれば、書面による労働契約と認められる。使用者が誠実協議義務を果たしていても、労働契約に類する文書 (絶対的記載事項は記載されておらず、双方の基本的権利義務のみ明白に記されている文書)では書面による労働契約を締結したことにならず、必然的に労働契約未締結と同じ法的結果を迎えることとなる。

(二)絶対的記載事項のない労働契約と労働契約未締結の区別

絶対的記載事項のない労働契約とは、使用者が誠実協議義務を果たし、労働者と勤務内容、労働時間、賃金等について協議したものの、「労働契約法」第17条に規定する絶対的記載事項を記載していない労働契約を言う。これに対し労働契約の未締結とは、使用者が労働者との書面による労働契約の締結を避け、誠実協議義務を履行せず、結果労働者へ労働契約の具体的内容を知らしめない事を言う。

絶対的記載事項のない労働契約と労働契約未締結では法的結果が全く異なる。労働契約の未締結には損害賠償金の支払い(賃金の二倍払い)や期間の定めのない労働契約の締結などが待っているが、絶対的記載事項のない労働契約を締結した場合の法的責任は、労働行政部門の指導を受け労働契約に記載されていない絶対的記載事項を記載した上で、労働者へ書面による労働契約を改めて交付し、もし労働者が損害を被った場合はその損害を賠償する、との内容に留まる。

しかし実務において、両者は混同されがちである。使用者と労働者が労働契約を締結しないまま、労働契約に似た多くの他の文書にサインするのがその原因だが、まだ締結されていない書面による労働契約上の法的責任はこの文書の内容によって決まるだけでなく、絶対的記載事項の欠落に対する法的責任も負うこととなる。もしこの文書で「改めて労働契約を締結する」と約定していれるならば、それは労使双方がこの文書が労働契約と同じ法的拘束力を持つことを希望していないことを意味する。この場合、使用者が誠実協議義務を履行し労働契約を締結しなければ、労働契約未締結について法的責任を負うこととなる。また、もしこれらの文書で労働関係については協議により定めると約定し、改めて労働契約を締結する旨を記載しておらず、実際にこれらの文書の内容が履行されていれば、使用者に書面による労働契約締結を忌避する意図が無いと見做される。すなわち、これらの文書は絶対的記載事項を記した労働契約の一部と見なされ、この場合使用者は絶対的記載事項の欠落に対する法的責任のみを負うこととなる。