【判例】競業避止契約の拘束力は、当事者の家族にも適用されるか?(2018年9月28日)
案例:
羅氏は2010年4月15日にV社と労働契約を締結し、商品研究開発センター主管や商品開発二部副総経理職を歴任した後、2014年4月15日より期間の定めのない労働契約を締結した。
2010年12月8日、羅氏は会社側と「競業避止協議」を締結していた。この協議書の第2条3項には「乙(羅氏)はいかなる原因によっても、甲(会社側)より離職後2年以内に、中国国内において甲と競合関係にある業種、企業へ勤務してはならない」第2条4項には「乙はいかなる原因によっても、甲より離職後2年以内に、中国国内において甲と競合関係にある企業を立ち上げ、または甲の商業的秘密に関する商品を生産してはならない」第3条1項1号には「乙が離職して後一年間、甲は乙に対し競業避止について補償金を支払う。その基準は甲の離職前における12ヶ月分の平均賃金の百分の二十五とし、乙が離職した翌月より支払う……」第4条1項には、「乙が本協議に定める義務を履行しないときは、違約責任を負うものとする。違約金は甲に対し一度に全額を支払うものとし、違約金の額は乙が甲を離職した日の昨年度における賃金総額の3倍とする」と定めてあった。
2016年3月9日、羅氏は辞表を提出し、会社側はこれを認め、双方間の労働契約は解除された。会社側は2016年3月より2017年3月まで、羅氏に対し毎月競業避止に関する補償金1,840.39元を支払った。その合計額は23,925.07元であった。
その後会社側は、羅氏の配偶者である王氏がA社の法定代表者及び筆頭株主となっていることを知った。この会社は2015年12月3日に設立されており、会社側と競合関係にあった。会社側はこれを羅氏による競業避止違反行為であるとし、2017年5月23日に仲裁を申し立て、羅氏へ1.競業避止違反行為を直ちに停止し、競業避止義務を履行すること、2.会社側へ違約金298,800元を支払い、補償金23,925.07元を返還することを求めた。これについて仲裁庭は、1.羅氏は競業避止違反行為を直ちに停止し、競業避止義務を履行せよ、2.羅氏は会社側に対し競業避止に関する違約金71,775.21元を支払え、との裁決を言い渡した。双方はこれを不服として、法院へ提訴した。
法院の審議:
一審は、「羅氏の配偶者王氏がA社の法定代表者となっており、同社はV公司と競合関係にある。夫妻の婚姻関係が存続している期間における、夫妻の一方による投資、営利行為は、その配偶者も投資及び営利行為に参画していると推定することができる。双方の財産が互いに独立していたとしても、情報やルート等は共有できるものであるから、王氏が競合他社に従事していることはV公司の経営生産に影響を与えるものである」との判断を下した。
また、一審は、「夫妻の一方の收益は一般的に家庭生活に用いられるものであり、羅氏もその中で利益を得られるから、A公司の経営状況及び経営の成果は羅氏と不可分である。このことからも、羅氏の競業避止遵守義務はその家族構成員も拘束するものである。V 公司の提出した録音及び写真から、羅氏がA公司で実際に業務に従事していたことは明らかであり、その内容からもモーターの販売業務などについて、V公司の主たる事業と競合関係にあることは明白で、V公司の主張を裏付けるものである」とし、これらを総合して、一審は1.羅氏は競業避止違反行為を直ちに停止し、競業避止義務を履行せよ、2.羅氏は会社側に対し競業避止に関する違約金298,800.00元を支払え、との判決を言い渡した。羅氏はこれを不服として上告した。
二審では、一審と同じ視点に立ち、羅氏の配偶者がA公司の法定代表者であること、A公司の事業範囲がV公司と重複することを認めた上で、V公司の提出した録音及び写真から羅氏が離職後A公司で業務に従事し、その内容がモーターの販売業務に及んでいることから、A公司がV公司と競合関係にあると認め、羅氏の上告を棄却した。
判決:
仲裁庭:1.羅氏は競業避止違反行為を直ちに停止し、競業避止義務を履行せよ
2.羅氏は会社側に対し競業避止に関する違約金71,775.21元を支払え
一審:1.羅氏は競業避止違反行為を直ちに停止し、競業避止義務を履行せよ
2.羅氏は会社側に対し競業避止に関する違約金298,800.00元を支払え
二審:羅氏の上告破棄、原判決確定
その他の争点:
羅氏は競業避止義務に違反しているのか?違反していた場合、競業避止補償金の返還を求めることはできるか?
分析:
「労働契約法」第二十三条には競業避止が適用される範囲について規定されている。すなわち、競業避止は高級管理者や高級技術者及び商業的秘密を保持する義務を有する人員にのみ適用されるのである。本案件の羅氏は研究開発部門の管理者で、V公司の商品規格、工業的機密情報などに接触し、掌握できる立場にあるから、機密保持義務を遵守し、利害の衝突を防がなければならない。ゆえにV公司は羅氏へ競業避止義務を約定することができる。また、契約の相対性から、競業避止義務を負うのは一般的に羅氏本人に限られる。
本案件が特殊なのは、羅氏の競業避止違反行為は主に配偶者がA公司の法定代表人及び筆頭株主となっていることに起因しており、またA公司とV公司の事業範囲が重複している、すなわち競合関係にある点である。すなわち羅氏の配偶者が経営し、V公司と競合関係にあるA公司が羅氏の競業避止違反行為を構成しているのである。法院は、夫妻の婚姻関係が存続している期間、1.夫妻の一方による投資、営利行為は、その配偶者も投資及び営利行為に参画していると推定することができる、2.羅氏がV公司に影響を及ぼす情報やルートを夫婦間で共有できる、3.夫妻の一方の收益は一般的に家庭生活に用いられるものであり、羅氏もその中で利益を得られるから、A公司の経営状況及び経営の成果は羅氏と不可分である、との認識を示した。これに基づけば、羅氏の競業避止義務はその家族構成員をも拘束するものであると言える。ゆえに法院は、最終的に羅氏のV公司に対する競業避止義務違反を認め、違約金の支払いを命じたのである。
実務において、本案件の羅氏が配偶者の競合行為に従事したように、従業員の競業避止違反行為が他人を介して行われる可能性もある。本案件では、法院は羅氏の競業避止義務はその家族構成員をも拘束するとしたが、配偶者以外の者、例えば従業員の親族による競合行為については、競業避止違反行為があったと推定できない。この場合は、案件毎に非常に多くの要素を総合的に判断しなければならず、関係性の近さや関連性の大きさなどの具体的状況に沿って分析していくこととなる。本案件でV公司は、羅氏が離職後A公司で業務に従事していた証拠を提出しており、A公司の経営に関与していたことが明らかだったため、羅氏の競業避止違反行為をよりはっきり証明できたのである。
従業員の親族による競合行為というリスクについては、法的なリスクは伴うものの、紛争発生時の約定との矛盾を避ける為、使用単位は労働者と競業避止協議を締結する際、近親者の会社設立や競合行為を競業避止違反行為とみなす等、競業避止の適用範囲を適度に拡大しておくことを勧める。
なお、本案件で法院はV公司の羅氏に対する競業避止補償金の返還請求を認めていない。実務において、すでに支払われた競業避止補償金を返還すべきか否かは議論が別れているが、目下競業避止協議の約定を履行すればよいとの説が通説となっている。本案件において、V公司は競業避止協議に「羅氏が本協議に反したときは、競業避止補償金をV公司へ返還しなければならない」と約定していない。ゆえに法院は、V公司の競業避止補償金の返還請求を根拠に欠けるとして認めなかったのである。この判決理由は、参考とすべき一定の意義がある。使用単位が労働者と協業忌避協議を締結する際には、協業忌避違約金の返還についても触れておくべきであろう。