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【判例】使用単位の社印が捺印されているのみで署名のない協議書は有効か? (2019年11月29日)

案例

陳氏は某保険代理会社の副総経理職に就いていたが、2016年7月25日、陳氏は労働争議仲裁委員会へ仲裁を申し立て、会社側へインセンティブとして225万元を支払うよう求めた。

陳氏の申し立ての根拠となったのは一枚の協議書だ。この協議書は2015年3月2日に締結されたものだが、協議書には使用単位の印鑑が捺印されているだけで責任者の署名は無かった。この約定によれば、陳氏は2013年1月1日より毎月の賃金の他に、陳氏が担当する地区の営業部が契約した保険料の0.5%をインセンティブとして支払うよう定めていたほか、会社側は協議が失効した場合3ヶ月以内に陳氏へインセンティブを一括で支払うこと、支払いが無い場合は月5%の滞納金が発生することが記載されていた。

会社側は、「この協議書は陳氏が職務上の地位を利用し、会社の印鑑を使って作成したものであり、協議書の内容が普通ではない。まず、そもそもこの協議書には社印が捺印してあるだけで、法定代表者ならびに法定代理人の署名が無い。また、会社側は現在赤字の状態で(会社側はその証拠として決算報告書を提出している)、この協議内容はあり得ない。この協議書は陳氏が職務上の地位を利用して作成したもので、公平の原則に反していることは明らかである、と主張した。

司法鑑定センターによる鑑定の結果は、「社印の割り印と捺印された社印は会社側の有効かつ合法な公印であると認める」というものだった。また協議書は、約款が記載された後に社印が捺印されていた。社印が捺印されたのは2014年9月から2015年9月までの間で、陳氏が書面に署名したのは2014年10月から2015年10月までの間であった。

争点

会社の実印は公印であると認められており、かつ約款の記載後に捺印されているだけでなく、社印の捺印と署名の時期も符合している。このような状況下にあって、使用単位の捺印のみがある(使用単位側の署名が無い)協議書は有効とみなされるか?

判決

仲裁委員会は、「陳氏が協議書を偽造したことを示す直接的な証拠が無くとも、本協議書には多くの矛盾点が見受けられ、また一般的な協議書の内容とかけ離れている」として、この協議書が会社側の意志を示すものではないと認め、協議書の法的効力を認めなかった。

分析

民事訴訟法では現代的自由心象主義が採用されており、これは「最高人民法院民事訴訟における証拠に関する若干規定」第六十四条に反映されている。

この法規では、裁判官は法で定められた手続きに則り包括的、客観的に証拠を審査すること、司法官は法律の規定に基づき職業的道徳を遵守すること、論理的推測と社会通念から証拠の有効性及び影響力を判断すること、併せてその判断の理由及び結果を公開することが定められている。

社印が本物である場合は一般的に合意形成が為されたと解されるが、証拠が否定されたときまたは合意形成の真実性に疑義があり、その他の証拠について慎重に対応すべきであるときは、社印の真偽によって直接協議の真実性を推定することはできない。

本案件においては、協議書の内容が普通ではないと感じられるのは以下の点である。まずは、協議書には双方の権利及び義務が明らかに平等ではなく、陳氏の権利と会社側の義務が強調されている。また、この協議書は2015年3月に署名されているが、2013年及び2014年のインセンティブまで会社側へ支払いを求めているほか、インセンティブの基準も陳氏の業務量についても何ら取り決めが無く、不自然である。

次に、協議書に対する供述が一貫していない点である。陳氏は審議期間誰が協議書を起草したのかについてはっきりとせず、協議書をいつどのように交わして誰が社印をしたのかという点や、陳氏が署名したとき会社側の署名欄に日付の記載が無い点など多くの矛盾があり、一般的ではないと言える。

三つ目は、会社側に対してインセンティブを支払うよう記載されているが、これについての協議というのは大変重大なものである。この協議書に署名する前に会社側が討論せず、会社側の法定代理人の署名が無かったというのは、無理がありすぎる。

最後に、陳氏は副総経理として会社側の社印に触れる立場にあったことが証明された点である。

本案件においては、社印に触れる立場にある副総経理が、200万元のインセンティブを定めた社印の捺印のみだけの疑わしい協議書をもとに請求しているが、協議書の締結前後のことに対しては矛盾が生じている。このような協議書を否定しなければ、将来類似の事案が多発することだろう。

現在の証明責任理論は主張者による証明責任を強調するが、実務においては、仲裁員は初期証拠について心証を持つに当たり、その手続きが合法である場合を除き、公平さと正義の双方に目を配り、社会的効果と法的効果の統一を保つべきであろう。