【判例】董事会における董事兼高級管理職者の降給決議には拘束力があるか? (2020年06月29日)
案例:
呉氏は2014年2月22日、楽神公司と「労働契約書」を交わし、双方に労働関係が成立した。呉氏は楽神公司の工程副総経理職を担当し、契約期間は2014年2月22日から2017年3月31日までとなっていた。「労働契約」に約定する業務内容及び勤務場所、賃金については「入職通知書」に準拠しており、業績給(ボーナス)部分の報酬は業績考課の後に支払われることとなっていた。「入職通知書」には、呉氏の賃金は固定給と業績給に別れており、固定給は税込月31500元、業績給は税込月13500元と明記されていた。
2015年6月19日、楽神公司は第六回董事会第七回会議(臨時会議)において社内の報酬制度及び業績考課制度の見直しを決議した。この結果、新たな報酬計算式により、呉氏の固定給は税込月40000元へと調整されたが、呉氏は楽神公司の賃金調整を一方的な賃金の引き下げであるとして、これを拒否した。これに対して会社側は、董事会には会社の経営状況に鑑みて副総経理の報酬を調整する権利があるとし、双方間に争いが生じた。
判決
法院は、「『中華人民共和国労働契約法』第十七条には、『賃金報酬は双方の約定により、双方が信義則に基づいて履行する』とある。本案件において労使双方は、呉氏が入職する際、賃金を月額45000元(固定給31500元、業績給13500元/月)と約定している。楽神公司は2014年8月6日に第六回董事会第四回会議を開き、呉氏の副総経理としての賃金を40000元に調整するとした。呉氏は賃金引き下げ後に異議を申し立てているが、呉氏が修正後の賃金管理制度や業績考課管理制度について確認し署名した証拠は無い。このことから、呉氏は会社側の賃金調整を認めておらず、また労働契約の変更に双方間の合意が無いことがわかる。ゆえに法院は、賃金月額を45000元とする呉氏の主張を認め、会社側へ差額の賃金を支払うよう命じた。
分析
実際のところ、一般的な会社の筆頭株主や董事は往々にして高級管理職を兼任しており、彼らは株主、董事、高級管理者といくつかの身分を有しているため、報酬の属性を区別するのは困難である。会社が経営困難に陥った際は、協議を通じて高級管理者の報酬をカットし、コストを削減することで自社を救おうとすることは何ら不自然ではない。しかし一部企業では、高級管理者との協議を経ず、すなわち董事会の決定によって彼らの報酬を調整するケースがままある。争いの元となっている報酬が、株主としての配当金なのか、董事としての役員報酬なのかまたは高級管理者としての賃金なのかは、司法の現場においても往々にして判別し難い。この種の紛争を正確に処理するためには、まずその報酬が何に属するかをはっきりさせる必要がある。配当金や役員報酬は会社法によって調整されるから、株主総会や董事会によって決定される。しかし賃金は労働法によって調整されるため、賃金の変更は労働契約上の重大な変更に当たることから、双方間の約定と協議を尊重しなければならない。協議は不調に終わった際に、董事会で董事兼高級管理者(以下、董兼高)の高級管理者としての賃金をカットした場合は、労働法に反し、拘束力を持たないのである。
一、「董兼高」の報酬の性質を明らかにすることが、正しい法適用の基礎となる。
1、「董兼高」の立ち位置が不明瞭なときは、実態に応じて判断する。
審議において、ある董事は会社側と書面による労働契約を締結せず、また書面により職務を与えられていないにも関わらず、実際は行政事務管理業務を執り行っていたことが明らかになった。社内の規定制度では、ある董事の職位は、その職責を「招聘、教育、報酬福利などの戦略の策定と実施及び労働契約に関する処理について全面的な責任を負う」と定めており、実際に人的資源管理業務に従事していた。また別の董事は、会社側から財務及び法務の監査とリスクマネジメント職に就くよう求められ、実際にその職に就いて日常業務を行っている。董事が受け取った報酬の属性は、当該董事が普段執り行っている業務から高級管理職を担っていると判断できるかどうかで決まるのである。
2、高級管理者は労働者に属するため、労働関係の基本的な特性を有する。
高級管理者の地位は確かに一般的労働者よりも高いが、普段は社内の出勤管理や業績考課、業務指示を受ける立場にあるか、または時折出社して董事会の重大な策定に関与し、かつこれを執行しない立場にあるか否かによって、現行の労働法に照らし、当該高級管理者は労働者としての主体を持つか否かが決まる。役員報酬は業務量とは関係なく、基本的報酬があった上で董事に対し提供した労働力について報酬を得るが、その報酬は往々にして会議への出席回数によって定められており、継続的なものではないので、労働ではなく労務の性質が色濃い。株主、董事自身は会社側と労働関係を持たず、会社側の労働関係としての管理、指揮、監督を受けることはないため、争いが発生したときは会社法による調整を行うこととなる。一方株主や董事が社内の一般的な従業員の職位を担当しており、労働者の身分としてその職位で発生した業務の遂行によって得られた賃金については、労働法で調整する。もし一般的な従業員の職位を総経理などの高級管理者が兼任すれば、高級管理者としての立場はかなり複雑になる。
3、高級管理者の報酬の属性が不明瞭なときは、会社側に証明責任がある。
董事は会社の施策策定機関の構成員であり、会社の生産管理施策の策定に参加するだけであるため、施策を執行したり、直接生産管理活動に関わる立場ではない。董事会の策定は総経理、副総経理、財務責任者など会社の管理層によってなされるから、これらの人員は高級管理者に属すると言える。董事と高級管理者を兼任するメリットは、会社の施策策定と執行が直接リンクするため、施策の有効性や運営効率が高まる点である。実際のところ、多くの会社がこの「董兼高」方式を採用している。また、高級管理者は董事会に与えられた事務管理業務に従事しているため、高級管理者の職務は董事の職責と混同されやすく、労働争議が発生した際、特に報酬の属性についての争いとなったとき、書面による約定がない状況下にあって、使用単位が支払った報酬が役員報酬なのか賃金なのかをはっきり区別するのは困難である。現行法では、使用単位側が労働報酬を減らす決定をしたことにより労働争議が発生したときは、使用単位側が立証責任を負うことになる。使用単位には「董兼高」の報酬について立証責任を負った結果、満足な証拠を挙げられず証明不能となる法的リスクがつきまとうのである。
二、高級管理者の賃金は労働報酬であり、労働法によって調整されるため、董事会の降給決定は何ら拘束力がない
1、董事、監事は従業員ではなく、その報酬は会社法で調整される
会社法の調整対象は、会社の設立、組織、運営及び解散の過程において発生する社会関係である。具体的には、社内財務関係、社外財務関係、社内の組織管理及び協力関係、社外の組織管理などを言う。董事と監事はそれぞれ董事会、監事会の構成員であり、会社の組織構成の一部を成しているものの、従業員には属さない。これについて会社法では「有限責任会社の株主総会では董事、監事の報酬に関する事項を議決することができる。但しその報酬は会社法に言う董事、監事の職責の履行に対する対価であり、高級管理者が職務を遂行したことによる労働報酬は該当しない」と定められている。
2、董事会は高級管理者の報酬を決定できるが、労使双方の同意が必要
董事はすべからく、総経理や財務経理などの高級管理者として重要な管理の職務を担当している。由于董事が社内で担当する高級管理者としての職務は会社側へ多大な利益及び損失を生み出すことから、会社法では有限責任会社が設立した董事会は、経理及びその報酬に関する事項について定める権限を有し、また経理が副経理、財務担当者を指名し報酬を定めることができるのである。この規定は、董事会は高級管理者の賃金決定権を有しているが、董事会による報酬決定は高級管理者雇用字の約束(及び承諾)によるもので、賃金も重要な約定の内容の一つである。高級管理者の賃金は招聘前の董事会の会議によって決定されるが、双方間で任命協議書を締結した後(もしくは実際に黙認の意思表示をした後)、労働者に対する拘束力が発生する。ゆえに、董事会が決定した高級管理者に対する拘束力については、双方の合意があることを原則としているのである。
3、労働契約の履行において、董事会は一方的に高級管理者の賃金を引き下げることができない。
労働報酬は、一般的な労働者が自身の労働力の維持発展及び家族を養う財源であり、労働者とその家族の生活を保障するものであるから、労働法によって保護されている。賃金の引き下げは労働契約条項の重大な変更に当たるため、労働者の同意なく使用単位が一方的に労働者の賃金を引き下げればその行為は違法となり、法的責任を負うこととなる。高級管理者の立場は一般的な労働者と異なるが、高級管理者の労働の権利も同じく労働法によって保護される。労働契約法の履行において、董事会が経理、副経理、財務担当者などの降給管理者の労働報酬を調整すること、すなわち会社側が一方的に決定を下すことは、会社法及び社内の規定制度に合致するものであっても、それは内部規定に反しないというだけに過ぎない。一度締結された労働契約は恒久性を持ち、当事者双方はその約定を遵守しなければならない。労働報酬の引き下げは労働契約の重大な変更に当たるため、従業員の同意が無い場合は、無効となるのである。
三、会社が赤字のとき、高級管理者の忠実勤勉義務と労働報酬の恒久性との矛盾にどう対処すべきか
労働法の立法趣旨は弱者の保護であるが、我が国の急速な経済成長に伴い、労働力市場にも変化が生じており、新しいな経営形態や従業員の使用形態が次々と湧き出る中、労働者の主体性は汎化し労働報酬の格差も拡大している。現行の労働法は、労働者の細分化や区別なされておらず、高級管理者が弱い労働者と同等の保護を得られるという、行き過ぎた事態となっている。現在各業界や学会、司法界では、労働者保護の理念に変化が生じたことから、使用単位の自主経営権に照らして労働者の根本的な利益に焦点を当てるべきという説が多数を占めている。ゆえに、法律によって労働者が細分化されていない現状にあって、高級管理者のような労働者の賃金を調整する際には、労働報酬分配の公平性、合理性及び奨励効果を考慮しなければならない。特に会社側に赤字が発生し業務量が大幅に減少した場合において、もし高級管理者が会社の現状を無視して高い報酬を得るようなことがあれば、会社の資本を不正に持ち出すこととなるだけでなく、負債を増やし倒産を早めることとなる。それは債権者や投資者を毀損するだけでなく、最終的には労働者の利益にダメージを与えることとなり、労働法の立法趣旨に反する結果となってしまうのである。ゆえに、董事会での高級管理者に対する一方的な賃金の引き下げは拘束力を持たないが、それは高級管理者の賃金が不動のものであるということを意味しないのである。高級管理者は、労働法の保護を受けるとともに、董事と同じく会社法に定める忠実勤勉義務を負っているのである。彼らは積極的に職責を果たし、また法に基づいて会社の利益の最大化を追求するとともに、赤字が発生したときは、会社の施策を策定した高級管理者として立場として逃れられない責任を負うため、会社の利益と自身の利益が競合したときは、会社の利益を保護すべきである。また、労働報酬自体は労働者が得た労働の対価である。赤字が原因で業務量が減るということは、高級管理者の業務量や業績も減少するため、会社側が平等な話し合いにより高級管理者の賃金を合理的に調整することは労働法と相反しないのである。
会社に赤字が発生したとき、高級管理者の労働報酬をどのように調整するのが合理的なのか、現行法では明確に規定されておらず、参考となる統一的な目安も不足している状況である。実務においては、具体的な案件を総合し、高級管理者としての権利と会社の経営状況を考慮した上で、社内の平均賃金や地域の平均賃金などを参照に賃金の調整を進めていけば、使用単位にも労働者にも受け入れられるようである。