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【判例】労働契約の更新時に労働条件が維持または引き上げられたと判断される基準とは?(2020年08月28日)

案例:

蔡氏は2010年8月26日より蘇州の某電気有限公司で勤めた。双方は多くの労働契約を締結しており、最後的には2016年8月26日から2017年8月25日までの間、生産技術部の監督として雇用契約を締結した。また、契約期間満了前に無期限の労働契約を締結する意思を双方で確認した。

2017年9月15日、蔡氏は会社側から渡された新契約書が、従来の契約に比べて労働条件を大幅に引き下げたものであることに異議を唱えた。旧契約と新契約は、(1)業務内容について、元の契約書には「蔡氏は、生産技術監督と他社からの委託業務に従事し、会社側は業務上の必要性と業績考課の評価結果に応じて、誠心合理の原則に則り、労使双方による合意または法律に基づいて、彼の仕事の役職を変更することができる。」とあったが、新しい契約では、「蔡氏は生産技術管理に従事するものとする。会社側は、業務上の必要性や業績評価の結果に応じ、求められる臨時的な業務を含めて、蔡氏の職種、職種、役職等を調整することができる。 同時に『職位赴任協議書』を添付し、蔡氏の勤務地と勤務期間については別途定める」とされている(2)勤務地について、元の契約では、労働契約の勤務地を蘇州新区の工場としていたが 新契約では、労働契約の勤務地を蘇州新区の工場としていたが、新しい契約では会社の業務上の必要に応じて蘇州市内の新開発地区で業務に従事するとしている (3) 労働報酬について、 元の契約での蔡氏の月給は35,200元であったが、2017年4月から蔡氏の実際の給与は41,000元に引き上げられており、その後もこの基準で賃金を支払われていたが、 新しい契約では、蔡さんの月給は37,000元に引き下げられている、という点で異なっており、 双方による協議が不調に終わったため、新たな契約を結ぶことができなかった。

2017年10月7日、会社側は蔡氏が再度労働契約の締結交渉に望む前に、「労働契約締結通知書」を発し、10月7日までに労働契約に署名しない場合、労働契約締結を拒否したとみなす、と通知した。蔡氏はこれに署名しなかったため、会社側は10月8日、「労働関係終了通知書」を送付し、10月9日をもって労働関係を終了すると通知した。蔡氏は当日のうちにこれを受け取ったあと離職し、労働争議仲裁委員会へ仲裁を申し立て、会社側へ違法な労働契約解除に対する損害賠償金の支払いを求めた。

判決:

仲裁庭は蔡氏の訴えを認めたが、会社側はこれを不服として法院へ提訴した。

法院は、「使用単位と労働者が期間の定めのない労働契約の権利義務について話し合いによる一致が見られないときは、労働契約法の立法趣旨である労働者の合法的権益の保護という目的や、期間の定めのない労働契約の締結という当該目的の実現に照らして、元の労働契約の約定及び実際の労働契約の履行内容によって(期間の定めのない労働契約の権利義務の)内容を確定すべきである。ゆえに、もし使用単位が労働条件を維持または引き上げて期間の定めのない労働契約を締結しようとし、労働者がこれを拒否したときは、使用単位は『労働契約法実施条例』第五条、第六条の規定により労働者との労働関係を終了させることができる。しかし、使用単位が労働条件を引き下げた上で期間の定めのない労働契約を締結しようとし、労働者がこれを拒否したことを理由として使用者が労働契約を終了させたときは、違法な労働契約解除となる」との判断を下した。

分析:

今回問題となった労働契約は、提示する使用単位側からすれば些細な違いでも、労働者側からすると以下の3点において不利な内容となっている。

(1)業務内容の変化。もとの労働契約では労使双方の平等性を重視し、「話し合いによる一致」を強調していたが、新しい契約では使用単位の管理権ばかりが突出して強調されており、労使の平等な協調は縮小されている。

(2)勤務場所の範囲。元の契約での勤務場所は明確かつ唯一であったのに対し、新しい契約では勤務場所の規定が不明瞭である。

(3)労働報酬。元の労働契約での賃金は月35200元で、2017年4月からは41000元が実際に支払われていたが、新しい労働契約では賃金が37000元で固定されており、実質的な収入は低下している。

このことから、新しい労働契約では果たすべき義務こそ増えているものの、権利については何ら改善が見られないことがわかる。ゆえに、会社側が署名を迫った新しい労働契約は元の労働契約のレベルを保っていないどころか、使用単位の管理権を協調し労働者の義務を増大させていることから、労働者の基本的権益を縮小させたものであると言える。

法院はこれに基づき、使用単位の提示する期間の定めのない労働契約は元の労働条件を維持すること、すあわち「職位賃金不変の原則」を満たしていないから、使用単位が労働契約への署名を拒否したことにより労働者との労働関係を終了させたのは違法であり、違法な労働契約終了における賠償金を支払うよう命じたのである。

労働契約の更新時に元の労働条件を維持または改善していたかは、労働関係の終了時に使用者が支払う経済補償金と密接な関係がある。我が国の労働契約法は第四十六条第(五)項に「使用者が労働契約で約定した条件を維持するか引き上げて労働契約を継続締結し、労働者が労働契約の更新に同意しない状況以外に、本法第四十四条第一項の規定により固定期間のある労働契約を終了する場合」とあるように、使用単位が労働契約の条件を維持及び引き上げたにも関わらず、労働者側は労働関係を終了させたケース以外では、使用単位は経済補償金を支払わなければならないこととなっている。 この「労働条件の維持または引き上げ」については、未だ細分化された規定はない。労働契約の多くの条項が変化する中で、労働契約の不利益変更をどのように判断するかは、使用単位が経済補償金を支払わなければならないか否かの鍵であり、また司法判断の難しい点である。

一、労働契約の条件が維持または引き上げられたか否かを考慮する範囲

労働契約法は、第十七条、第二十二条及び第二十三条に規定されるように、絶対的記載事項である労働主体、契約期間、報酬などの約款の他に、試用期間、服務期間、訓練、機密保持、追加保険及び福利厚生、協業避止、違約金などの約款を規定しなければならない。労働契約法において労働契約を維持または引き上げたとみなされるためには、一、その条項における労使双方の権利義務が調整されていること 二、その条項が労使双方の話し合いによる一致で決定できる内容であること、すなわち法律法規により強制規定とされ、話し合いの余地がない条項ではないことの、少なくとも2つの条件を満たす必要がある。労働契約の絶対的記載事項の中で、契約者双方の名前、住所等の客観的事実に基づいた情報は、労働契約において労使双方の権利義務に関係しないので、労働契約法第四十六条第(五)項の労働条件の考慮範囲に入らない。しかし、労働契約の期限、勤務内容及び勤務場所、就労時間及び休憩休暇、労働報酬、社会保険、労働保護、その他労働条件及び労働安全衛生事項で労使双方の権利義務に関わるもので、かつ労使双方の話し合いによる一致をみなければならないものは、労働契約更新時の労働条件比較事項の範疇となる。この他、使用単位と労働者双方で定める服務期間、競合避止規定、違約金規定その他労使双方の権利義務については、労働契約更新時の契約内容の比較範囲となる。

二、「労働条件が維持または引き上げられたか否か」の範囲

「維持または引き上げられたか否か」の判断については実務的な見解が統一されておらず、労働契約の約定条件形式推定説や権利判定説、労働契約変更説などが唱えられている。しかし「労働条件が維持または引き上げられた」とする客観的基準、特に労働契約の約定について誰を主体として判断するか、何を対象として判断するか、どの段階の条件を判断するかをいかに判断するかが、「労働条件が維持または引き上げられたか否か」を識別し判断するための核心なのである。

一、労働条件が維持または引き上げられたか否かを判断するのは労働者側の視点からである。

労働契約は労働者及び使用単位の双方それぞれの視点によって、「労働条件が維持または引き上げられたか否か」の判断が異なってくる。労働契約法第四十六条第(五)項の「使用者が労働契約で約定した条件を維持するか引き上げて労働契約を継続締結し、労働者が労働契約の更新に同意しない状況以外」という文言から、使用単位は労働者にとって「労働条件が維持または引き上げられたか否か」を判断すべきであり、ゆえに「労働条件が維持または引き上げられたか否か」とは「労働者から見て」の話である、ということがわかる。加えて労働契約法の立法趣旨は「労働者の合法的権益を保護し、調和の取れた労働関係を確立、発展させる」というものであるから、「労働条件が維持または引き上げられたか否か」は労働者を主体として判断されるべきである。

二、「労働条件が維持または引き上げられたか否か」は、権利義務の対象から判断される。

ある説では、労働契約の内容は労働における権利と義務の両方を内包していなければならないとしている。労働契約法に言う「労働条件が維持または引き上げられたか否か」の要件には労働者の権利を含めるべきであり、労働者の義務を含めるべきではない、という主張である。しかし、労働関係成立後の労働契約の履行において、労働契約中の権利と義務は密接な相関性があり、権利と義務を分けて考えるのは往々にして不可能である。ゆえに、労働契約の更新に当たって、労働者の権利と義務を総合して判断すべきである。労働者の賃金待遇や社会保険の待遇が改善されたということは、労働契約の条件が良くなったことを意味する。しかしこれに対して、労働契約中の違約金が上がったり、労働時間が増加したり、競合避止の範囲を広げたりと義務を重くした場合は、「労働条件が維持または引き上げられた」とはみなされない。

三、「労働条件が維持または引き上げられたか否か」は、労働者の労働の実態を見て判断すべきである。

実務において、労働契約の期間は短いもので数ヶ月から、長いもので5年や10年に及ぶものもある。労働契約を継続的に履行すれば、社会経済の変化に伴い、使用単位と労働者が話し合いによって職位や賃金、勤務場所を変更することもありうる。労働契約法の司法解釈規定では、労働契約の変更は「書面による」か、口頭による変更の後1ヶ月以上実際に労働契約が履行された場合に認められる。それゆえ労働契約の条件を定めた際には、書面による変更があったか、口頭による変更の後1ヶ月以上実際に労働契約が履行されたかによって労働の実態を判断することになる。

三、「労働条件が維持または引き上げられたか否か」は具体的にどう判断するか

一、労働報酬、労働時間及び休暇休息、社会保険、労働保護ないし労働安全衛生などの労働者の権利に属する条項の判断

労働報酬、労働時間及び休憩休日、社会保険、労働保護及び労働安全衛生にかかる事項など、労働者と密接に関係する事項における労働報酬の増加や労働時間の短縮、手厚い社会保険、労働者保護や労働安全衛生の強化は、労働者から見ると「百益あって一害なし」である。もし労働契約を締結したときに労働者の労働報酬の算定方式を変更したときは、使用単位は元の労働契約に定められた固定給を基盤として新たな業績給を設定する必要がある。新しい報酬算定モデルによって新しい労働報酬が元の労働報酬より高く(または低く)なり得るようになり、これが原因で労働争議が発生したときは、元の報酬体系を基準として「労働条件が維持または引き上げられた」か否かを判断することとなるであろう。また、労働契約の更新時に標準労働時間制を総合計算労働時間制に変更した場合、または逆の場合で、「労働条件が維持または引き上げられた」か否かを判断するときも、これと同じように判断することとなる。

二、労働契約期間の増加、勤務場所の変更、職位など中立的条項の判断

まず、労働契約期間の増加が労働契約条件引き上げの判断材料に含まれるかという問題についてである。我が国の労働立法において、労働契約法は労働者の合法的権益の保護と、長期的で安定した、調和の取れた労働関係の確立をその立法趣旨としている。労働契約の更新に当たり、労働契約期間の増加は客観的に見て労働関係の解除及び終了を難しくするものである。なぜなら、使用単位にとって労働契約の満了が合法的な労働契約の終了方法の一つであるがゆえに、労働契約期間の増加は使用単位へより重い義務を科すこととなるからである。また、労働契約期間の延長は、労働者の職業選択の自由に影響を及ぼすものではなく、(離職する場合は)労働者は労働契約の規定に基づいて使用単位へ労働契約の解除を事前に通知すればよいのである。ゆえに、労働契約期間の延長は労働契約条件の引き上げに該当するとともに、労働契約期間の短縮は労働契約条件の引き下げ要件となるのである。

次に、勤務場所の調整、職位の変更については、その合理性と労働者への負担を加味して判断される。勤務場所と職位の変更が使用者の経営状況の変化によって引き起こされ、それが労働者へ大きな負担をもたらさないときは、合理的な労働契約の変更となり、「労働条件が維持または引き上げられた」こととなる。一方、勤務場所や職位の変更が労働者の大きな負担となるときは、「労働条件が維持または引き上げられた」状況に該当しない。

三、労働者の権利義務の一部が引き上げられ、または引き下げられたときの判断

このような状況にあるとき、ある説では、労働契約全体から鑑みて、労働者の権益保護の観点から、ある条件が引き下げられ、または引き上げられたときに労働条件が引き下げられたと認める方法を説いている。しかし、この方法が公平の原則に反しているという指摘は議論に値する。

労働契約の更新は、更新の同意と労働条件の話し合いという2つの段階を踏む。労働者の権利及び義務が増えた結果、その労働契約が「労働条件が維持または引き上げられた」とは言い難い不均衡なものとなったときは、元の労働契約に遡って使用単位が経済補償金を支払うか否かを決めることとなるだろう。もし労働者が元の労働契約を更新しないのならば、経済補償金は発生しない。しかし「労働条件が維持または引き上げられ」なかったときは、使用単位は経済補償金を支払わなければならない。