【判例】下記案件における使用単位の業績考課は合理的と言えるか?(2021年12月29日)
●案例:
李氏は2006年1月、某化粧品会社へ入社した。
労使双方は数回に渡り労働契約を締結したが、最後の労働契約は2012年1月4日に締結した期間の定めのない労働契約であった。労働契約には、李氏が営業部経理職に就くこと、営業チーム20人のマネジメントを担当する事等が約定されていた。李氏の賃金構成は基本賃金月11000元、勤続手当500元、職務手当2000元及びインセンティブとなっており、賃金は翌月5日、インセンティブは翌月末に支払われることとなっていた。2016年1月,会社側は昇進及び降格規定を規定し、営業販売員については個人販売指標の60%、経理職については営業チームの販売目標を100%達成した場合は「合格」とする、と定めた。しかし、2016年度の李氏の営業チームの目標達成率は80%に留まった。
2017年2月28日、会社側は李氏が職責に堪えないことを理由として、李氏を一般の営業販売員へと降格させたが、職務手当は変わらず支払い続けていた。会社側は2017年2月より、李氏へ一般の営業販売員の基準に基づいたインセンティブを支払っていたが、李氏はこれをインセンティブの不利益変更と判断し、2017年4月28日に会社側の賃金未払いを理由として離職した後、会社側へ経済保障金及び「未払い分」の賃金の支払いを求めた。会社側は、李氏が職責に堪えないことから「労働契約法」等の関連規定に基づき李氏の職位を調整したもので、またインセンティブについても規定に基づいて支払っているとし、李氏の要求を拒否した。李氏はこれを不服として、労働人事仲裁委員会へ仲裁を申し立て、会社側へインセンティブの差額16800元と、労働契約の解除にかかる経済補償金224388元の支払いを求めた。
争点:
1、李氏は「職責に堪えない」と言えるか?
2、会社側の職位変更に伴うインセンティブの変更による李氏の報酬の引き下げは、賃金の引き下げに該当するか?
●判決:
労働人事仲裁委員会は審理の結果、「会社側の李氏に対する考課条件は明らかに合理性を欠き、会社側の李氏に対する職責に堪えないとの判断は妥当ではない。李氏が職責に堪えるか否かについて、労使双方間に異論がある状況にあって、会社側が配置転換後の職位をもとに李氏のインセンティブ係数を引き下げたことによって報酬に差異が生じた場合、これを『労働契約法』に定める賃金の引き下げと認めない」として、会社側へ李氏へのインセンティブの差額10423元の支払いを命じたが、労働契約解除による経済補償金の支払い請求は棄却した。
●分析:
一、会社側の考課基準に合理性はあるか?「労働契約法」では、労働者が職責に堪えない場合、使用単位は労働者に対し研修や配置転換を行うことができ、なお職責に堪えないときは、労働者との労働契約を解除できると定めている労働者が職責に堪えるか否かについて、使用単位は一般的に、あらかじめ設定された考課条件に基づく評価によって、当該労働者が職責に堪えるか否かを判断する。考課条件の妥当性については、以下の点に注意しなければならない。
①考課内容の設定が法律の規定に反するものであってはならない。一部使用単位では、労働者の勤怠を職務能力の絶対的指標とし、病欠であろうとなかろうと、勤怠が基準に達していなければ無条件で職責に堪えないと判断するケースも見られるが、このような考課に対する約定は、傷病療養期間にある労働者権利を排除するものであるから、無効である。
②評価基準は明確かつ具体的でなければならない。 一部使用単位は、曖昧な表現で評価基準を設定しているが、評価範囲が不明瞭な評価基準は運用性が無いとみなされる。業務に従事する事のみを評価基準として具体的な考課項目を明記していない、営業成績の向上を評価基準としているが具体的な数字が設定されていない、等のケースが、これに当たる。
③評価基準は合理的に設定されていなければならない。使用単位は、同じ職種の人員の仕事量を参考に評価基準を設定することはできるが、労働者が絶対的基準をクリアできないように、意図的に評価基準を上げてはならない。
④評価基準は事前に告知されなければならない。使用単位が評価基準を設定したときは、評価期間に到達する前に事前に労働者へ告知し、労働者が評価に関する事項を十分に理解できるようにしなければならない。
本案件における使用単位の評価基準を見ると、考課内容は合法的で、評価基準も明確かつ具体的であり、また、李氏への事前告知もなされている。しかし、評価基準の妥当であるか否かは、設定された評価基準が合理的な範囲内にあるか否かを見て総合的に判断しなければならない。
本案件の評価基準を見ると、まず、李氏の評価基準は他の営業担当者に比べはるかに高い基準である。李氏以外の営業担当者20名については、年初に設定した目標売上の60%を達成すれば合格とされる一方、李氏は、営業チームが年初に設定した総売上を100%達成しなければ合格とされないのである。
次に、李氏に対する評価基準の設定は明らかに合理性を欠いている。例えば年初に各営業担当者が10万元の売上目標を設定したと仮定すると、李氏の売上目標は営業チーム全体、つまり20人の営業担当者の目標売上の合計である200万元となる。この場合において、年末に各営業担当者が6万元の売上を達成すれば、営業チームの年間売上合計は120万元となり、李氏を含む営業チームは全員合格となるはずが、李氏のみ売上目標に対し80万元不足することから、不合格扱いとなる。このことから、李氏に対する評価基準は明らかに合理性を欠いており、「『労働法』の若干条文に関する説明」」(労弁発[1994]第289号)に反していると言える。本案件において会社側は、この不合理な評価基準をもって李氏が「職責に堪えない」と判断し、降格及びインセンティブの引き下げを行っていることから、李氏へインセンティブの差額を支払わなければならないのである。
二、使用単位は経済補償金を支払わなければならないか?
法律上の規定では、使用単位が労働報酬を全額支払わない場合、労働者は使用単位との労働契約を解除でき、使用単位は労働者に労働契約解除に伴う経済補償金を支払わなければならない、となっている。上記の法律の立法趣旨は、労働契約の当事者がその権利を行使し、義務を履行する際に、信義誠実の原則に違反しないことを保証することにある。
使用単位側に信義誠意違反がなく、賃金の算定基準が客観的な理由により不明確で争いがある場合において、使用単位が「期限内に全額」労働報酬を支払わない場合は、経済補償を支払わなければならないケースに該当しない。本案件では、李氏のインセンティブに差が生じたものの、その差は、李氏が職責に堪えるか否かによって生じたものであり、この点は本案件の争点となっている。そのため、法律が定める「使用単位が期限内に全額労働報酬を支払わない」場合には該当せず、李氏の主張は認められなかったのである。