【判例】使用単位は、疫情防疫期間中の行動履歴の虚偽申告を理由として労働者との労働契約を解除できるか?(2022年1月25日)
●案例:
某飲食店で副シェフを務める孫氏は、2020年の春節期間帰省し、会社側へ2月8日に職場のある上海市へ戻ると申告した。申告の際、孫氏は会社側の規定に従って健康情報登録票を提出し、また上海への帰宅方法や帰宅ルートなどを申告していた。その後2月14日、孫氏は改めて上記の上海帰国日と居住地を会社に連絡した(この間、会社側は孫氏が実際に申告の住所に居住しているかを行政機関へ確認し、孫氏が申告場所に居住していない事を突き止めた)。2月20日、会社側は孫氏へ連絡し、内務委員会がその住所に住んでいないと指摘した理由を尋ねたが、孫氏は積極的に回答しなかった。
会社側は孫氏へ通知を出し、上海市への帰宅申告が事実と異なることは虚偽の申告に該当し、政府、地方政府及び企業が求める防疫に反するとした上で、(隔離期間に該当する)2月7日から2月25日までの行動や上海市内の居住住所、隔離状況などを証明する事実に基づいた資料を提出するよう求めた。孫氏が資料を提出した後、会社側は更に、上海市の住所にどれくらいの期間滞在したか、上海市への滞在理由は何か等を訪ねたが、孫氏はこれに回答しなかった。これを受けて会社側は3月19日、虚偽の申告による重大な紀律違反を理由として孫氏との労働契約を解除した。
孫氏は労働争議仲裁委員会へ仲裁を申し立て、会社側へ違法な労働契約解除による損害賠償金の支払いを求めた。しかし仲裁庭、一審、二審ともに会社側の労働契約解除は違法ではないとして、孫氏の訴えを退けた。
●判決:
一審において孫氏は、2020年2月8日は上海市へ親族を送っただけだったと主張した。そのため第一審は、「孫氏の供述には一貫性がなく、孫氏が会社側へ通知した上海市への帰宅日と居住場所は明らかに実態に即していない。孫氏は上海への帰国日と隔離の実態について報告しておらず、会社側は重大な紀違反を理由に雇用契約を解除する事実的、法的根拠を有している」と判断し、孫氏の訴えを棄却した。孫氏はこの判決を不服として、上海市第一中級法院へ控訴した。
上海市第一中級法院は、「防疫期間中、会社側は秩序だった復職のために、従業員の健康確認と行動調査を実施していたものであるから、孫氏に対し『上海市へ戻った日時と上海市に戻った後の居住地』の報告を求めたことは不適切とはいえない。会社側は幾度も健康情報登録票及びその他の事項について真実に基づき申告するよう注意していたことから、孫氏は真実の申告の重要性を認識していたはずである。
もし孫氏が上海に戻った後自主隔離することが困難であれば、会社側へ正直に申告し、その後、双方の合意により適切に対処すべきであった。しかし孫氏は、会社側が復職前に従業員の行動調査や健康確認を行っていることを知りながら、複数回に渡る親族の見送りを帰省からの帰宅と繰り返し報告したことは、明らかに不適切であったと言える。
孫氏の行為は、会社側が気付かなければ、会社側の業務に影響を与えるだけでなく、公共の利益を脅かす可能性があった。ゆえに、孫氏の行為は重大な規則違反というだけでなく、重大な労働規律違反でもある」として、会社側の孫氏に対する労働契約解除を合法と認め、孫氏の訴えを棄却した。
●分析:
従業員が防疫期間中の移動を隠匿したり、虚偽の申告をしたりした場合、使用単位は誠実・信用、公序良俗の原則に反する重大な紀律違反として、法律に基づき当該従業員との労働契約を解除することができる。
防疫期間中にあって、労働者が使用単位に対し事実に基づいて健康・居住情報及び帰省の旅程を申告することは、労働契約上の義務の履行と密接に関係しており、また使用単位は、これらの情報を知る権利を有する。その理由は、ひとたび労働者が感染すると、労働者自身の健康と安全だけでなく、他の同僚の健康と安全、さらには使用単位の正常な生産と運営にも影響が及ぶからである。「労働契約法」第8条には、「使用単位は、労働者の労働契約に直接関係する基本的状況について知る権利を有しており、労働者は事実のとおりに説明をしなければならない」と定められている。労働者が使用単位の防疫要件を遵守し、旅程、健康情報、居住地を事実に基づいて使用者へ伝えることは、労働規律であり、また職業倫理である。従って、労働者が真実を報告する義務を怠ったときは、懲戒処分の対象となり、また会社側からの注意を受けてもなお事実に基づいた説明をしないときは、重大な紀律違反を構成することとなる。
「労働契約法」第39条では、「使用単位は、労働者に重大な紀律違反があったときは、労働者との労働契約を解除できる」と定めているが、使用単位の規定制度に規定がない場合は、労働者との労働契約を解除できない。使用単位としては、労働者が守るべき労働規律を規則で明確に定めることが望ましいが、労働者の日常的行動のすべてを網羅的に規制することは不可能である。そのため、本案件のように、使用単位の規定制度に特に記載されていないケースにかかる紛争については、民法典の基本原則に従って解釈・適用される。
「民法典」第7条は、「民事主体(※自然人や法人を言う)は、誠実かつ献身的に民事的活動を行わなければならない」と定めており、また「民法典」第8条は、「民事主体は法律または公序良俗に反して民事的活動を行ってはならない」と規定している。民法の基本原理として「民法典」に明記されている誠実信用の原則、公序良俗の原則は、道徳の法制化であり、労働契約の履行の基盤となるものである。これら誠実信用の原則、公序良俗の原則は、労働紛争における裁定基準として、今後益々引用されると思われる。
民法典に言う「公序良俗」には、社会的公序や生活秩序を指す「公序」と、社会のすべての構成員が社会通念上順守すべき道徳規範である「良俗」の二つの意味が含まれている。労働者の疫病予防期間中の旅行の隠蔽や虚偽申告は、使用単位のみならず社会の公益に影響を与えることから、公序良俗の原則に反することは明白である。但し、誠実・信用、公序良俗の原則の濫用には注意を払わなければならない。本案件のようなケースは裁決者の裁量権行使の範囲に属するが、権利の濫用か否かは、労働者の正当な権利・利益の保護と使用単位の裁量権とのバランスを取った上で総合的に判断する必要がある。
さて、労働者の旅程、健康情報、住居情報などを把握している使用単位は、これらの情報を合理的に使用し、厳格に秘密を保持しなければならない。
春節を迎えるに当たって、上海市は、冬から春にかけて上海へ戻る人々に対する予防措置と管理措置を発表した。これらの措置は、親族訪問や必要な用事で故郷に戻る場合を除いて、上海を離れてはならないと定めており、春節を上海市内で過ごすよう奨励し、人の移動を最小限に抑えるものである。また、同措置では、春節に中国国内の高リスク地域とその県(地区)へ帰省する労働者は、上海到着後12時間以内に速やかに使用単位へ報告し、使用単位が定める疫病の予防と制御に関する要求を遵守しなければならないとしているほか、使用単位は労働者の個人情報について、疫病の予防と制御を目的として公共の利益のために合理的に取り扱い、使用する場合は、労働者の同意を得る必要はないと定めている。
また、民法典第1034条は「自然人の個人情報は法律で保護される」と定めている。 個人情報とは、電子的またはその他の方法で記録された、氏名、生年月日、身分証番号、生体情報、住所、電話番号、Eメールアドレス、健康情報、所在情報等、単独または他の情報と組み合わせることにより特定の自然人を識別できるすべての情報を言う。個人情報の中のプライベートな情報については、プライバシー権に関する規定が適用され、規定がない場合は個人情報の保護に関する規定が適用される。したがって使用単位は、防疫の必要性から労働者の旅程、健康情報、居住情報などの個人情報を保有する場合、その取り扱い過程において適法性、正当性、必要性の原則に従わなければならず、労働者の個人情報を過度に取り扱ったり開示したりしてはならないのである。