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【判例】使用単位は、賃金に対する守秘義務違反を理由として労働者との労働契約を解除できるか? (2022年3月30日)

●案例:

謝氏は2017年11月17日に分針公司へ入社し、商務副総監の職に就いていた。労使双方は2017年11月17日から2020年11月16日までの労働契約を締結しており、謝氏の賃金は22000元(税込)と定められていた。

2019年4月、会社側は「就業規則」を策定した。就業規則の第3章には「賃金守秘義務」が定められており、その内容は「社員は賃金守秘義務を厳守し、当社グループ社員の賃金・福利厚生の状況を照会したり、他者に開示したりしてはならない」というものであった。また、就業規則の第8章「禁止事項」には、「株式、賃金、賞与などの賃金や待遇を他社に開示すること」「会社のイメージを悪くするような噂や虚偽の情報を流すこと」などが定められており、同第9章には、「会社の禁止事項に反する不適切な行動を起こしたとき、または会社の許可なく、メディアや外部、ソーシャルメディアなど、あらゆる手段で会社や製品、イメージ、評判を悪くする発言をしたとき、会社や製品、サービス、社員に関する情報を公にし、一定の悪影響を与えたときは、労働契約を直ちに解除できる」と示されていた。この就業規則には、「私は、就業規則を含む以下の会社の制度を確認したことをここに認めます」…旨の確認書が添付されていたが、そこに謝氏の署名はなかった。

2019年7月、会社側は営業社員の給与体系を調整したが、謝氏はこれに異議を唱え、直属の上司である馬氏や人事部と給与調整について話し合ったが、合意に至らなかった。

2019年7月9日、謝氏は法定代理人(代表取締役)の呉氏らへ「経営陣への皆様へ-一般社員からの声」という件名のメールを発送した。その内容は次の通りであった。「 …核心的な問題は、私の給与調整の過程における上司による不当行為であり、これは労働契約法第35条、第40条に反します。つきましては、経営陣と直接お話を指せて頂ければと存じます。事実は次のとおりです......(5月7日から7月9日における労使双方による謝の基本給の下方修正過程について、謝の賃金水準などの)......総じて、会社の社内外に対するイメージをより重視して頂きたいと存じます、もし受け入れなければ、労働仲裁等の法的措置も辞しません。」

2019年7月31日、謝氏は「Re:正義とは何か」という件名のメールを法定代理人の呉氏を含む複数の経営陣に発送した。そこには、「本日の交渉では、残念ながら誠意を感じられず、最終的に賃金を16,000元しか出せないとの回答を頂きました。…会社として公正な処置をお願い致します」

2019年8月1日、会社側は謝氏に対し労働契約解除通知を送達した。その内容は以下の通りであった。「謝氏は2019年7月9日と7月31日の2回、直属の上司及び人事部以外の会社の複数労働者へ自身の賃金を書面で公開した。この行為は、当社就業規則第3章、第8章、第9章に定める禁止行為に抵触している。また、謝氏は同僚へメールを公開し、グループチャットへ投稿するなどして会社の名誉を毀損し、会社の正常な生産と運営に重大な影響を及ぼした。会社側は上記謝氏の行為により、双方間の労働契約の継続が困難と判断し、法律の規定及び当社就業規則第9章第3節に基づき、謝氏との労働契約を即時(2019年8月1日)より終了する」。

これを受けて謝氏は仲裁を申し立て、その訴えは認められたが、会社側はこれを不服として法院へ提訴した。

●判決:

法院は、雇用関係の終了をめぐるやり取りに注目した。「会社側は、謝氏が2019年7月9日と31日に、同社の法定代理人を含む多数の会社員に対して大量のメールを送信し、2回に分けて自分の給与を他人に開示し、その結果、自分の給与が他人に知られることになり、客観的には自分の給与を漏らす行為となったとした上で、謝氏の行為は同社の規定に著しく違反しており、同社の規定に基づき謝との労働契約を直ちに終了させる権利があると主張している。会社側の規定によれば、会社側は謝氏との労働契約を直ちに終了させる権利がある。また、メールの内容から、謝氏の異議申し立ての核心は、直属の上司や上長の給与調整に関する対応と、その後の対応において示された態度にあった。具体的な給与調整率を記載することが絶対に必要というわけではないにもかかわらず、謝氏の給与調整に直接関係のない多数の他者に具体的な給与調整率を記載したメッセージを発信する行為は、必然的に他者に自身の給与状況を知らしめることにつながり、客観的に自身の給与を開示する行為を構成することになる。

会社側が提出した2019年5月22日付のメールのスクリーンショットには、2019年版の就業規則及び添付書類である確認書があったが、証拠として提出された2019年版就業規則に添付された確認書には謝氏の署名がなく、また謝氏が提出したメールのスクリーンショットも謝氏が正式な手続きを履行したことを証明するには不十分なものであった。 また、会社側は、謝氏の給与漏洩が会社に多大な損失を与えたことを証明できておらず、ゆえに謝氏の給与漏洩を会社の重大な規則違反とし、これを理由に謝氏との労働契約を解除した行為は根拠を欠くものである」とし、会社側の労働契約解除を違法と判断した。

●分析:

賃金守秘義務に関する議論には、二つの説が存在する。一つは、賃金は個人情報であり、会社が労働者に賃金の守秘義務を課すことは、実質的に労働者の自己情報処分権を制限し、同一労働同一賃金の原則に一定程度反するため、賃金守秘制度の合法性に疑問があるという説である。もう一つの説は、賃金守秘義務が法律で禁止されていないことから、労働者が賃金守秘契約を締結しており、また会社に明確な規定があることを知っているときは、労働者はこれを遵守しなければならないとする説である。

ここで問題となるのは、なぜ使用者は賃金守秘義務を設けなければならないのか、という点である。賃金守秘義務は合法的かつ効果的と言えるのか? 労働者が賃金守秘義務に違反した場合、使用単位は労働契約を解除することができるのか?本稿では、司法実務における賃金の守秘義務に関する法規定と判例を分析する。

一、賃金守秘義務採用の意義

賃金守秘義務とは、一般的に企業が労働者に賃金を公開すること、または労働者同士が賃金を詮索したり話し合ったりすることを禁止することを言う。その起源は海外の賃金交渉の慣習に端を発しており、現在では多くの企業で広く採用されている。企業において賃金の機密保持が広く行われるようになった主な理由が、企業の経営活動や利益効率の向上にあることは、想像に難くないだろう。その具体的な理由は、以下のようなものである。

まず、賃金の機密保持は、企業のフレキシブルな賃金運用を保ち、雇用コストをコントロールするのに有用である。企業のほとんどの職種では、労働者の採用、動機付け、定着に関する目的を達成し、人事コストを正確にマネジメントするために、賃金の支払体系に変動幅を持たせ、様々な要因または基準に従って労働者の最終的な賃金を算定する。実際のところ、同じ職種の労働者の賃金に差があることは、それほど珍しいことではない。

次に、賃金の機密保持は、企業内の労働者全体の安定性を維持する上で重要である。もし労働者の賃金が開示された場合、社内の労働者同士が互いの賃金を比較し合う、といった事態が起こり得る。いったん自分の給与が低いと感じた労働者は、別の道を探すこととなるだろう。また、外部への賃金の開示は、同業他社の労働者の採用にとって有利に働く。結果として、(他社よりより良い条件を提示されることによる)人材の流出を招くこととなるだろう。

三つ目に、賃金の機密保持は、賃金格差により労働者がネガティブな心理状態となることを避け、労働者のプライバシーを保護するものである。賃金が公開されると、他人の賃金が自分より高い、あるいは低いことが判明した場合、労働者は不公平感や反感というネガティブな感情を持つことになりかねない。この心理は、賃金支払いの不当性ではなく、賃金の開示に起因することが多い。何が公平なのかは人それぞれであり、比較しなければ害がないのである。

賃金が低い社員は同僚から見下されることを恐れ、給与の高い社員は同僚から嫉妬されることを恐れる。すべての労働者にとって、自身の賃金を積極的に公開する意味は無いのである。

二、賃金守秘義務に関する合法性についての議論

賃金守秘義務は一般的に、使用単位と労働者が賃金水準について合意し、雇用通知書や労働契約書に賃金守秘条項を設けるか、労働者と別途賃金守秘契約を締結し、就業規則やその他の規則で賃金守秘義務を規定する、という形で運用される。賃金守秘義務の合法性が争われた事例は(主に経済的に発展した地域において)少なくなく、以下に示すように、法院や裁判官によって見解が異なることが多い。

(一)賃金守秘義務違法説

この説は、労働法規に労働者の所得を開示すべきかどうかについての明文の規定はないものの、労働契約法第11条、第18条の規定により、同一労働同一賃金が労働契約法の基本要件であり、同一労働同一賃金の実現は賃金の開示を前提としている。ゆえに、賃金守秘義務は明らかに法の規定に反するから、当該義務は違法である、とするものである。

(二)賃金守秘義務合法説

この説は、陳儀守秘義務が労働法規の強制規定に違反するものではないことから、実務上の一定の利益と合理性を尊重するというものである。

賃金守秘義務とは企業の経営ツールの一つであり、労働者との契約により賃金の秘密を守り、労働者が他人の報酬を詮索することを制限することができる。このことから同説は、賃金守秘義務の活用には、労働者のプライバシー保護、労働者同士の比較の防止、労働者同士の対立の軽減、企業経営の円滑化などのメリットがあると説く。

(三)賃金守秘義務折衷説

この説は、労働者の賃金開示を制限することは、同一労働同一賃金の権利に影響を与えるという見解に立ちつつ、賃金守秘義務が合法かどうかの判断は、企業の管理権と労働者の同一労働同一賃金の権利を秤にかけて、賃金守秘義務の正当性を判断すべきであるとし、賃金守秘義務はすべての労働者へ無差別に適用されるべきものではなく、十分な実務上の必要性と価値がある役職にのみ適用されるべきものであるとしている。

例えば労働者が警備員である場合、警備員同士の賃金差は一般的あまり大きくないため、警備員にとっては互いの賃金を知ることを制限するよりも、同一労働同一賃金の権利を守る方がより価値がある。このような場合、労働者へ賃金守秘義務を課すのは、明らかに厳しすぎると言える。

総じて、賃金守秘義務には明確な法律の規定がないことから、司法においては、その合法性について完全に統一された見解がないのが現状である。司法実務上、賃金守秘義務を尊重しその合法性を認める、上記第二説が採用されることもあるが、使用単位の立場からは、第三説を参考としてより合理的かつ正確な賃金守秘義務制度を構築することが必要となるであろう。

三、賃金守秘義務違反を理由とする労働契約の解除に関する留意点

賃金守秘義務違反を理由とした労働契約解除案件について、司法は賃金守秘義務の合法性はもちろんのこと、賃金守秘義務の設定における手続きの合法性、労働者の違反の有無、違反の重大性など、労働契約解除の一般的要素を審査し、他の労働契約解除の場合よりも厳しく判断する傾向にある。

(一)賃金守秘義務が法に基づいて制定されていること

使用単位が賃金守秘義務違反による労働契約解除を主張する際は、「労働契約法」第三十九条の「使用単位の規定制度に対する重大な違反があったとき」に該当し、かつ「労働契約法」第四条の「使用単位が賃金、労働時間、休憩・休暇、…労働紀律、…等労働者の密接な利益に直接関わる規則制度又は重要事項を制定、改正又は決定する場合は、従業員代表大会又は従業員全体で討議し、方案及び意見を提出し、工会又は労働者の代表との平等な協議を経て確定しなければならない。…使用単位は、労働者の密接な利益に直接関わる規則制度及び重要事項決定を、公示又は労働者に告知しなければならない」との規定に反してはならない。すなわち、報酬守秘義務は民主的手続きを経て決定され、かつ労働者へ公示され、労働者への周知と同意があって初めて使用単位の制度として認められ、また法的根拠となるのである。

(二)賃金守秘義務違反の事実が十分に立証されていること

使用単位は、労働者が賃金守秘義務に違反したことを十分に証明しなければならない。労働者が賃金守秘義務に違反したか否かを判断する際には、労働者の違反行為を直接証明する証拠(時間、方法、機会、内容)が必要となるのである。

一方、他の労働者の証言などのみでは証明力が低く、裁判所に認められないケースが多い。実務において、十分な証拠があるかどうかや、労働契約解除のリスクを評価しないまま、直接労働契約の解除を決定し、結果として敗訴となった事例も存在しているため、注意が必要である。

(三)賃金守秘義務違反が重大なものであること

労働契約の解除は使用単位が採り得る最も厳しい処分であるから、使用単位が労働者との労働契約を解除する際には、労働者の行為がこれに見合った重大な違反でなければならない。また、法律では労働契約解除権の行使に明確な制限が設けられており、労働者が使用単位の規則や規定に「重大なレベルで」違反していることが」前提条件となっている。紀律違反が「重大」なレベルでないにも関わらず労働契約を解除するのは明らかに不適切であり、著しく公平性、妥当性を欠くものである。司法実務において違反が「重大」なものか否かを判断する際は、労働者の主観(故意か否か)、違反の回数(繰り返されたか否か)、結果(悪影響や経済的損失をもたらしたか否か)などが考慮されるのである。

また、懲戒解雇の場合、司法は賃金守秘義務違反が他の懲戒違反よりも「重大」なレベルに達しているかどうかをより厳格に判断する。したがって使用単位は、賃金守秘義務違反があった場合、即「労働契約を解除」するのではなく、労働者の行為の程度を考慮し、総合的に判断した上で適切かつ合理的な懲罰措置を科す必要があると言えるだろう。