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【判例】競業避止契約を締結した労働者が競合する企業を立ち上げたものの、実際に経営に参画していないケースにおいて、競業避止義務違反は成立するか?(2022年8月31日)

●案例:

李氏は2019年2月22日に某ソフトウェア技術サービス会社に顧客サービス担当者として入社した。労使双方は3年間の労働契約を締結しており、李氏の給与は月13,000元であった。会社側の事業範囲は、ソフトウェア技術、情報技術、コンピュータ技術、ネットワーク技術の分野における技術開発、技術コンサルティング、技術サービス、技術移転、コンピュータシステム統合、コンピュータネットワークエンジニアリングサービス等となっていた。

2019年4月9日、労使双方は機密保持および競業避止契約を締結し、李氏が会社側の同意なしに会社側と同様の製品を生産・運営し、または同様のサービスを提供する他の企業、機関または社会組織においていかなる地位も占めないこと、また自身の事業を運営し、または他人のために会社側と同様の事業を運営しないことを定めた。同契約ではこのほか、李氏は離職後2年間いかなる理由があっても上記と同様会社側と競合関係にある事業単位または部門に就職したり、自身で事業を運営したりしてはならないこと、会社側は就業制限期間李氏に対し相応の経済補償金を支払うこと、万が一李氏に契約違反があったときは、少なくとも1年間の給与(離職時の12ヶ月前)相当額、及び違約行為による収益金を会社側へ返還することを定めていた。

李氏はその後、2019年6月5日に設立・登記されたA情報技術会社の代表取締役及び筆頭株主となった。同者の事業内容は、情報技術、ネットワーク技術、電子技術、コンピュータソフトウェア、AI技術の技術コンサルティング、技術開発、技術移転、企業経営コンサルティング、企業情報コンサルティング、市場情報コンサルティング、電子商取引となっていた。

2019年7月31日、会社側は、李氏が労働契約期間中に同業他社であるA社を立ち上げたことを理由として、李氏へ書面で労働契約解除を通知した。李氏は会社側の労働契約解除理由を認識しておらず、また会社側が2019年7月1日から7月31日までの賃金を支払わなかったことから、仲裁庭にて会社側に対し違法な労働契約解除に対する経済補償金1万3000元及び2019年7月1日から7月31日までの賃金の支払いを求めた。これに対して会社側は反訴し、機密保持及び競業避止義務違反による違約金15万6000元及び経済的損失への損害賠償金10万元の支払いを求めた。

●争点:

李氏は、会社側は標記している事業内容ではなく実態として主に金融事業や外国為替事業を営んでいるがA社ではこのような業務を行っていないこと、A社設立の目的は淘宝網におけるビジネスモデルの構築にあったこと、A社は設立間もなく実際にビジネスを行っていないことから、会社側の労働契約解除は違法であり、また自身が会社側との機密保持及び協業避止契約には違反しておらず、会社側へ損失を与えていないと主張した。また、李氏が証拠として提出した会社の登記簿謄本によると、A社の代表取締役は李氏より他人へ変更されていた。

これに対して会社側は、李氏が設立したA社の事業内容が会社側と重複しており、A社の経営に関する証拠はないものの、李氏が機密保持及び競業避止契約に反していることに変わりはなく、李氏は違約金を支払うべきであるとした上で、会社側は李氏の署名がある就業規則に基づいて李氏を解雇でき、また未払い賃金については違約金及び損害賠償金と相殺されると反論した。その上で、会社側は証拠を提出できないものの、李氏は会社側の顧客と個人的に接触し競合する事業に着手しており、また、求人サイトへ競合事業に関する採用情報を掲載していることから、李氏はこれら会社側の事業へ影響を及ぼす違約行為に対し損害賠償金を支払わなければならないと主張した。

●判決:

仲裁庭は、「李氏は2019年7月1日から7月31日までの間労働契約を履行していたことから、会社側は李氏に対し2019年7月分の賃金13,000元を支払わなければならない。李氏がA社を設立した行為については、就業規則及び「機密保持および競業避止契約」に違反しており、李氏の求める経済補償金の支払いについては棄却する。また会社側への違約金の支払いについては、会社側の求める違約金の金額は合理的とは言えないことから、仲裁庭は李氏へ違約金3万元の支払いを命ずるものとする。なお、会社側の求める損害賠償金10万元の支払いについては、実際の経済的損失が発生していないことから、これを棄却する」との判決を下した。

●分析:

競業避止義務とは、一般に、労働者が使用単位を離職した後、元の使用単位と競合関係にある別の企業で働いたり、同様の製品を生産・運営したり、同様の事業に従事する独自のビジネスを始めてはならないことを意味する。それでは、李氏に課せられた競業避止義務は、事業の運営実態に依存するのか、それとも単に営業許可に登録されている事業範囲の重複で判断するのか?

李氏との労働契約解除について、李氏は、淘宝網でビジネスモデルを構築するという電子商取引関連の業務しか行っていないと主張しており、会社側はそれに反論したものの、A社がすでに競合する業務を行っていたことを証明する証拠を提出することはできなかった。しかし、李氏が設立したA社が、登記されている事業内容に対応する業務を行うことに疑いの余地はない。登記されている事業内容から、李氏が設立したA社と会社側の事業内容がほぼ重複していることから、李氏は守秘義務と競業避止義務に違反したこととなる。本案件の機密保持および競業避止契約は、離職後のみならず労働契約期間中の秘密保持義務と競業避止義務についても定めており、このことからも就業規則の規定と合わせて、会社側の労働契約解除が合法的であったことがわかる。

違約金の支払いについて、李氏はA社を設立し、会社側を離職するまで同社の代表取締役として活動したことから、競業避止義務違反による違約金を支払うべきである。しかし、労働法における競業避止義務は、実は会社法の役員競業避止義務の延長線上にあり、「労働契約法」では、競業避止義務について広範な適用を規定しているが、一般的に競業避止契約の締結は使用単位が支配的な立場を占め、競業避止に関する金銭補償や損害賠償などの重要な条項については使用単位が作成することから、実際の訴訟においては損害賠償の金額を裁判官が調整するケースがよく見られる。案件の審理に当たっては、当然引き起こされる実際の損失、契約違反の程度、労働者の賃金やその他の要因をケース毎に考慮する必要がある。本案件において、李氏は少なくとも審理の段階でA社の登記内容を変更し、自身が会社側と競合する意思がないことを示している。また、会社側は李氏が顧客と直接コンタクトを取った等と主張しているが、それを裏付ける証拠はなく、また実際に損害が発生した証拠も示していない。このことから仲裁庭は、李氏の賃金所得を総合的に鑑み、違約金を3万元に調整している。

最後に損害賠償について、労働争議では、経済的損失を主張する側が実際の損失について立証責任を負わなければならず、また発生した損失は直接的なものでなければならない。そのため、会社側の損害賠償請求は棄却されたのである。