【判例】研修期間に関する違約金は、契約と実際の費用のどちらが基準となるか?(2022年11月1日)
●案例:
4つ星ホテルのシェフであった張氏は、2016年12月にとあるホテルへ入社し、ホテル側と3年間の労働契約を締結した。2018年7月、ホテル側は市場調査の結果、シンガポール料理の市場に成長の見込みがあると判断し、張氏をシンガポールの料理学校へ派遣した上で、6か月間に渡るシンガポール料理の研修を受けさせる決定を下した。研修に先立ち、ホテル側は張氏と研修契約書を交わし、張氏が研修後少なくとも2年間はホテル側で働くとした上で、もし張氏が契約に違反したときは、ホテル側へ8,000元の違約金を支払うよう約定した。研修期間中、ホテル側は通常通りの賃金を張氏へ支払うとともに、張氏のシンガポールでの研修費用として合計12,000元を負担した。しかし、研修が終わり上海へ戻った張氏は、すぐにホテル側へ辞表を提出した。ホテル側も何度か張氏と交渉したが、徒労に終わった。
ホテル側は最終的に張氏の離職に同意したが、張氏へ研修費12,000元を支払った上で労働契約を解除するよう求めた。しかし張氏は、労使双方間で締結された研修契約では、違約金を8,000元と明確に約定しているので、この合意に従って違約金を支払うと主張した。そこでホテル側は労働仲裁を申し立て、張氏に対し研修費12,000元を支払うよう求めた。
仲裁庭の審議において、ホテル側は労使双方間で交わされた研修契約書、労働契約書のほか、研修機関が発行した受講料の領収書や研修費の領収書を証拠として提出た。労働争議仲裁委員会が事実関係を前提として調停を進めた結果、最終的に労使双方は、張氏が契約に基づいて8000元の違約金を支払い、労働契約を解除することで合意に達し、調停が成立した。
●分析:
本案件の本質は、労働者による労働契約の早期解除に起因する契約違反責任の問題である。本案件のポイントは、ホテル側からの研修の指示を張氏が受け入れたこと、研修後の勤務期間を含む研修期間と違約金に関する条項について約定したこと、ホテル側が張氏に対し実際に発生した研修費用の支払いを求めたことである。本案件は、使用単位が労働者の訓練費用を負担したものの、労働者が使用単位のもとで働き続けることを望まないという、現実的かつ典型的な労働紛争であり、使用単位はこのようなケースにおいて、研修にかかるコストを失うだけでなく、競合他社に人材を流出させてしまうことも少なくない。ゆえに、このような状況に直面した使用単位は、往々にして不快な思いをするものであり、解決できない場合は法的措置に訴えるケースも多い。
本案件において、張氏は約定した研修期間中に離職したが、ホテル側は張氏へ契約違反の責任を法的に問うことができるのだろうか?また労働者側の責任が認められた場合、その違約金は約定した金額と実際に発生した研修費用のどちらに従って決定されるのか?
この問題を見るに当たっては、まず、研修の性質を定義しなければならないが、研修には大きく分けて2つの種類がある。一つは、就労開始前の訓練など、労働者が企業の生産要件に適応することを目的とした、使用単位が労働者に対して行う一般的なレベルの職業技能訓練である。もう一つは、キャリア開発を目的とした研修で、これはすでに使用単位が要求するだけの職務能力を基本的に備えた労働者に対し、労働者の技能向上を目的として資金を提供し行う特別な技術訓練を言う。前者については使用単位の法的義務の範疇にあるため、一般的に労働者との研修契約の対象とすることはできない。一方後者は、使用単位が自らの競争力を高めるために行う投資としての性質を持つことから、使用単位は労働者と研修期間について約定することができる。本案件において、ホテル側が張氏へ行った研修は、一種の特殊技術研修であったと言える。
次に、契約違反条項の効果を定義しなければならない。「労働契約法」第二十二条の規定は、使用単位が労働者に特別な教育訓練費を支給し、専門的・技術的な訓練を行う場合、当該労働者との間で勤務期間に関する契約を締結することができるとしている。労働者が勤務期間に関する約定に違反した場合は、当該約定に従って使用単位へ違約金を支払わなければならない。本案件においてホテル側は、張氏の特別研修へ資金を提供しているため、研修期間の設定と違約金に関する規定を約定することができるのである。
最後に、本案件の特殊性は、当事者間で合意された違約金の額が実際に発生した訓練費用の額と一致しない点にあるが、この場合、労働者はどの程度の割合で違約金を支払わなければならないだろうか?
「労働契約法」第二十二条には、「違約金の額は、使用単位が提供した研修の費用を超えてはならない。使用単位が労働者に対し支払を求める違約金は、勤務期間の未達成部分について按分される訓練費用を超えないものとする」とある。すなわち、使用単位が実際に支払った教育訓練費の額が研修期間における違約金の上限であり、労働者が既に勤務すべき期間の一部を履行している場合には、その部分について違約金が減額されることとなる。労使双方による研修契約において約定された違約金が、使用単位が実際に支払った訓練費用より低い場合は、労働契約法第二十二条の規定に基づき、その約定は有効となり、研修契約書に従わなければならない。本案件において、ホテル側は違約金を8,000元とすることで張氏と合意しており、張氏は研修終了後ホテル側のために働いていないため、張氏は約定に基づいて違約金を全額支払われなければならないが、同時にホテル側も研修期間に関する約定に反することができず、実際に発生した研修費に基づいた違約金を請求することはできないのである。