【判例】使用単位が支払った賃金や福利厚生、社会保険料、公共住宅積立金を、特別研修費に含めることはできるか?(2022年11月1日)
●案例一:
肖氏は2016年3月25日に小児科医として人民病院に採用された。2016年8月下旬、肖氏は「研修医研修管理規定」に基づき、研修医研修の一環として盛京病院へ派遣された。この研修費用は国庫から支払われた。
2016年8月25日、人民病院(当事者甲)と肖氏(当事者乙)は、以下の内容の合意書に署名した。「六、甲 は 乙 の基本給と賃金の差額部分を支払うが、研修期間中、甲 は 乙 の業績給を支払わない。当該業績給について、 甲は 乙復職後、1 年ごとに3-4年をかけてその差額を埋め合わせる。..........................VIII.乙は、研修医研修の終了後、10年以上甲にて勤務しなければならない。もし乙が満10年を待たずして自発的に甲を離職したときは、乙は甲に対し研修医研修期間に受け取った賃金、賞与及び各種社会保険料を返還し、その合計額の3倍を損害賠償金として支払わなければならない。」
この契約が成立した後、肖氏は約束通り盛京病院に派遣され、規範化訓練を受けることとなった。人民病院は、2019年8月までの3年間の研修期間中、肖氏へ基本給を支払い、実際に支払われた給与の総額は23,381.24人民元となった。人民病院はまた、法律に基づき2019年12月までの肖氏の社会保険料と公共住宅積立金関、合計37,203元を負担した。
その後2020年2月6日、人民病院は肖氏との労働契約を解除し、賃金と社会保険料の支払いを停止することを決定した。また、病院側は肖氏に対し、契約に基づき該当部分の賃金、賞与及び各種社会保険料の返還とその合計額の3倍に該当する損害賠償金の支払いを求めた。
●判決:
一審は、「人民病院は肖氏へ研修にかかる費用を支払っていないが、肖氏の研修医研修は、病院側の場所や資源を占有して行われたものである。肖氏は、研修医研修の後に人民病院で働き続けなかったことから、勤務期間に関する双方の合意に違反しており、契約に反した責任を負わなければならない。しかし、両者の間で合意された損害賠償金の金額『人民病院が研修期間中に肖氏へ支払った賃金、賞与、社会保険等の総額の3倍』は高額であり適切ではないことから、契約当事者の権利と義務の対等性を考慮し、利益の過度の不均衡を避けるため、契約法の関連する司法解釈及び勤務期間に関する労働契約の法的規定に基づき、契約違反の責任は適切に制限されなければならない。」として、肖氏へ研修医研修期間に人民病院が支払った賃金、社会保険料、公共住宅積立金の返還及び従来の違約金の30%を違約金として支払うよう命じた。
●案例二:
2013年9月3日、武康医院は宋氏と2013年7月30日から2021年6月30日までの「労働契約」を締結した。
また、労使双方は同時に「研修医研修協議書」を締結し、病院側は宋氏が2013年9月9日から2016年8月31日までの間、中山病院の病棟医師として研修医研修を受けることに同意した。この協議書には、「宋氏は研修期間終了後無条件に武康医院へ復帰し、少なくとも満5年間武康医院にて勤務しなければならない。この勤続期間は研修を終え武康医院にて業務に従事した日に起算して年単位で算定される。勤続すべき期間を満たさずに離職したときは、研修期間の賃金、福利厚生及び研修費用の返還及び勤続すべき年数一年につき5,000元の違約金を支払わなければならない」との記載があった。
宋氏は研修終了後武康病院へ復職したが、2019年8月16日、武康病院へ退職届を提出し、離職した。北港病院は、宋が当事者間の勤務期間契約に違反したと考え、研修期間中の、研修期間の賃金、福利厚生及び研修費用の返還と違約金の支払いを求めた。
●判決:
一審は、「研修期間中の賃金、手当、研修費用のうち、賃金と手当は宋氏の雇用期間中の権利の一部であり、研修に参加したか否かとは関係しない。従って、武康医院が手配した通常勤務を遂行した後、病院側が上記費用の返還を請求することは、法律の規定に合致せず、支持されない。
また違約金の算定基準については、研修費用を基準とすべきである。病院側の主張によれば、研修費用には宿泊費、研修費、研修補助金、研修から発生する食費補助などが含まれているが、これに宋氏の実際の勤務時間を合わせて違約金の額を算定しなければならない」と結論付けた。
●分析:
「労働契約法」の規定によれば、使用単位と労働者が業務の専門性に関する特別な研修契約を締結したときは、特別な研修について違約金を設定することができるが、違約金の内容は研修費用に直接関係するものでなくてはならない。「労働契約法実施条例」第16条では、「研修費には、(1)専門的・技術的研修のために支払われる、文書(※領収書など)にて証明される研修費用、(2)研修期間中の旅費、(3)研修によりその労働者に発生したその他の直接的経費が含まれる」と明記されている。使用単位は一般的に、特定の訓練に要した具体的な費用を証明するために適切な証明書類を提出し、それを労働者の清算的損害賠償の算定の基礎としなければならない実務上、研修関連費用とされる科目には、授業料、教材費、宿泊費、食費、交通費などがある。では、研修期間中に使用単位が支払った賃金や手当、社会保険料や公共住宅積立金も研修費用の一部とみなすことができるのだろうか?
一、使用単位が支払う賃金や手当、研修期間中の社会保険料や公共住宅積立金が研修費用に含まれるかどうか、特に使用単位と労働者の間で締結された研修契約において、研修期間中の賃金や手当、社会保険料や公共住宅積立金が研修費用に含まれると明確に規定されている場合については、以下2つの説が存在する。
第一説:使用単位と労働者が研修契約において、賃金と手当、社会保障と摂政資金を研修費用に含めるという明確な合意があった場合、その合意は両者の真意であるから、合意内容については強制規定が適用されず、また現行の法令が研修契約における研修費用に関する合意を制限することもなく、契約の両当事者を法的に拘束する。
第二説:研修期間中に支払われる賃金や手当、社会保険料や公共住宅積立金などは、研修の結果発生した直接的な費用として算定すべきではない。なぜなら、労働者は研修期間中使用単位へ直接労働を提供することはないが、そこに労働関係は存在しているからである。研修は業務上の必要性から使用単位が手配し受講させるもので、労働者の職務遂行能力やビジネススキルの向上を図ることを目的としている。したがって、研修も一種の間接労働であると言え、労働者は専門的な研修を受ける期間中の基本賃金と手当を受け取り、使用単位が労働者のために支払った社会保険料や公共住宅積立金の利益を享受することができる。ゆえに、研修期間中に支払われた賃金や手当、社会保険料、公共住宅積立金等を研修費用の一部として算定すべきではない。
二、我々は第二説、すなわち研修期間中に支払われる賃金や手当、社会保険料や公共住宅積立金は、研修費用の範囲に含まれるべきではないと考える。
これまでの内容から、賃金や福利厚生、社会保険料や公共住宅積立金を研修費に含めることができるか否かは、契約の内容及び勤務に従事しない研修期間中に賃金が発生するか否かと直接関係している、ということがわかる。実際のところこの議論は、①研修期間中の賃金・手当の支払いが強制される義務なのか否か、②研修契約に当事者の自治が適用される余地があるのか否か、という問題に関わるものである。
「労働契約法」では、研修期間中の違約金の額は「使用単位が提供した研修費用以下の額」に制限されており、また「労働契約法実施条例」の研修費用に関する規定を見ると、研修費用に含まれるか否かのポイントは、研修時に賃金や手当、社会保険料・公共住宅積立金などの費用が発生したか否かという点にある。 賃金や手当、社会保険料や公共住宅積立金はすべて、労働関係が存在する間、使用単位が労働者に対して支払うべき報酬や福利厚生の一部であり、使用単位が研修を手配しない場合でも、労働者はこうした報酬や福利厚生を享受する権利を有する。したがって、研修期間中に支払われる賃金や手当、社会保険料や公共住宅積立金は、研修費用の一部として算定すべきではないと言える。
三、研修契約に関する使用単位への提言
1.使用単位は、労働者へ特別な研修を課す前に、特別研修の結果発生し得る様々な費用について、合意書を通じて労働者と明確に合意しなければならない。研修の実態によっては、訓練費、教材、雑費、宿泊費、食費、交通費などが研修費に含まれる場合がある。
2.使用単位は、研修終了後、特別研修にかかる費用を確定させる証拠として、関連費用の支払伝票及び精算伝票を保管しなければならない。
3.使用単位による労務報酬の支払を特別研修の費用として算定するか否かについては争いがあるが、使用単位は状況に応じてしかるべき約定をすべきであろう。但し、実際に賃金等を研修費として算定する場合は、そこで労働紛争が起こる可能性があることを念頭に置いた上で、少なくとも明確な合意を形成しておくべきである。
使用単位は、賃金等の全額を研修費用とする約定が認められない場合があること、また研修期間中の業務量が通常の労働時間中の業務量と異なることを考慮した上で労働者と協議し、研修期間中の賃金について別途書面にて同意を取った上で、当該約定に従い研修期間中の賃金を支払うべきであろう。