【判例】妊娠中の女性労働者が試用期間に本採用要件を満たせなかった場合、当該労働者との労働契約を解除できるか?(2022年12月30日)
●摘要:
妊娠は、女性労働者にとっての「錦の御旗」ではない。妊娠中の女性労働者が職務経歴を隠し、履歴書に真実でない経歴情報を記録することは、労使双方の契約上の合意や労働者の最も基本的な職業倫理に反し、相応の法的結果を負わなければならないほか、試用期間中の実務において馬脚を現すこととなる。使用単位がこのような状況に遭遇したときは、使用単位は自主的経営権を行使して労使双方による労働契約を終了させることができる。
●案例:
周氏は某社と2016年8月9日から2017年8月8日までの労働契約を締結した。このうち試用期間は2016年8月9日から2016年10月8日までとなっていた。
2016年9月30日、会社側は周氏に対し「労働契約(試用期間)解除通知書」を送付した。この通知書には以下の記載があった。「労働契約解除理由:試用期間中の実務能力が以下に示すように本採用要件を満たしていない。コミュニケーション能力に欠け、財務処理のミスが目立ち、内部報告書を適時提出していない。また、会社側の手順に則って業務を処理しておらず、会計伝票が整理・装丁またはファイリングされていない」。翌日に通知書を受け取った周氏は2016年10月20日に労働争議仲裁を申したてたが、その請求が棄却されたため、周氏はこれを不服として法院へ提訴した。
判決:
一審の審議において、労使双方が締結した「労働契約書」第22条に「試用期間中に周氏が本採用要件を満たさないことが証明された場合、または虚偽の個人情報を提供した場合、会社側は随時周氏へ書面にて労働契約の解除を通知する」との記載がある事が判明した。会社側の就業規則には、同社の従業員を虐める、自身身分を偽る、個人データを改ざんするなどの行為があった従業員に対し、事実が証明された場合は100〜500元の罰金を科した上で、労働契約を即時解除し労働関係を終了させると規定されていた。
渉外のバイオテック企業は、周氏が2013年12月9日同社へ入社した後財務部門で総勘定元帳の会計業務に従事していたが、2014年6月に退職(保険から脱退)したことを受け2014年6月26日に退職証明書を発行したことを証明した。また、同じく渉外のオートメーション機器製造企業は、周氏が2014年10月24日から2015年3月20日まで同社の総務部で会計係として働き、2015年3月20日に退社したことを証明する退社証明書を発行したことを示した。周氏が入社時に記入した「従業員基本情報登録書」の職歴部分には、「2009.2-2013.5 バイオテック企業にて一般会計業務に従事、2014.2-2016.1 オートメーション機器製造業企業で一般会計業務に」従事、2016.7.1-7.30 製薬会社の総勘定元帳会計を担当」と記載があった。
また一審の審議において、会社側が周氏との労働契約を解除したとき周氏が妊娠しており、現在も妊娠中であることが確認された。
一審の審議において周氏は、支払連絡票と財務システムコンピュータのスクリーンショットのプリントアウトを証拠として提出し、周氏が規範に則って作業を行っており業務遂行能力に問題がなかったこと、すべての入力記録が上層部の管理者によって認証を受けたことを証明した。これに対して会社側は、周氏が提供した上記の証拠の信憑性について異議を唱え、周氏が提供したコピーやスクリーンショットが証拠としての要件を満たさないと主張した結果、一審は証拠の要件を満たしていないという理由でこれを証拠として採用しなかった。会社側は、(1)、採用・解雇に関する情報照会画面のスクリーンショット(周氏が提供した情報が虚偽である)、(2)周氏が会社の総経理に送った電子メール(周氏は業務手順に違反している)(3)伝票等のスクリーンショット(周氏は職務遂行能力に欠ける)等の証拠を提出した。これに対して周氏は、会社側が提出した証拠(1)(3)の信憑性について、この証拠はコンピュータのプリントアウトであり、証拠の形式的要素を備えていないと異議を唱え、その結果一審はこれを証拠として認めなかった。但し証拠(2)については、周氏は立証の目的には異議を唱えたものの証拠の真偽については異議を唱えなかった。
一審は、会社側へ周氏との労働関係の継続と、2016年10月1日から判決の効力発生日までの周氏の賃金を月6,000元として支払うよう命じた。
会社側は一審判決を不服として控訴した。会社側は二審で、周氏は仲裁庭において会社側が提出した採用・退職情報のスクリーンショットの信憑性を認めたと主張を付け加えた。2016年11月15日の仲裁庭の記録によると、周氏は、採用・退職情報のスクリーンショットの信憑性を認めており、「確かにデータ入力ミスがあったが、その後修正した」と述べていたことがわかった。会社側は更に、2016年10月11日に財務部門の現業経理を担当する従業員を新たに採用したこと付け加え、裁判所はこの事実を認めた。更に会社側は二審の審理中、周氏が労働関係の回復を望まなければ、36,000元の一時金を周氏へ支払うと主張した。
二審は、会社側の労働契約解除が違法であったと判断したが、「労働契約法」第48条「労働契約の継続履行が不可能になったときは、使用単位は同法第87条の規定に基づき補償金を支払わなければならない」との規定を採用し、一審判決を取消すとともに会社側へ周氏に対する一時金36,000元の支払いを命じた。周氏のその他の請求は棄却された。
それでも周氏は上海市人民検察院へ申し立てを行い、これを受けて上海市人民検察院は反訴した。検察院側は、中国は女性労働者を特別に保護していること、周氏が会社側で勤務しているとき既に妊娠していたこと、試用期間中の本採用条件を満たしていないことを理由とした労働契約の解除には証拠が十分でなかったことを挙げ、最終審で周氏と会社側との労働関係が回復されなかったのは法的に見て妥当ではない、と主張した。
再審庭では、周氏が2011年10月27日に某機械製造会社に入社し、2013年5月に退職したこと、周氏が2013年6月4日に娘を出産したこと、同月10月、11月、12月、2014年1月に労使双方間で労働契約解除と出産手当金について4件の訴訟が引き起こされたことが分かった。
会社側の労働契約解除が違法であったか否かという問題について再審庭は、「誠実と信用の原則は、市民の道徳規範であるだけでなく、従業員の基本的な職業倫理でもある。本案件において、周氏は従業員基本情報の登録フォームに記入した際、記入した内容が真実であり、会社に確認させることを約束し、もし虚偽であった場合、それによって生じるすべての責任を負うとしていた。結果、周氏の3つの職務経歴のうち、最後の1つを除いて全て真実ではないことが判明した。周氏は2009年2月から2013年5月まで、バイオテック企業で一般会計係として働いていたと主張しているが、実際はこの期間周氏は2011年10月27日に機械製造企業に入社しており、また2013年10月、11月、12月には閔行区人民法院へ機械製造企業を提訴している。周氏はこの期間について、会社側への入社に不利にならぬよう時期、民龍への入社に不利にならないよう、自分の入社経験を意図的に隠していた。周氏が実際にバイオテック企業にて勤務を始めたのは2013年9月のことであり、周氏はこの点について記憶の誤りであったと主張したが、この主張は社会通念上妥当性を欠くものである。
確かに「労働契約法」第42条では、女性従業員が妊娠、出産または授乳中(三期)の場合、使用単位は本法第40条および第41条の規定により労働契約を終了させてはならないと定めている。しかし、妊娠は決して女性労働者にとっての「錦の御旗」ではない。
「労働契約法」第39条は、使用単位は「労働者が試用期間中に雇用条件を満たさないことを証明した場合」または「労働者が使用単位の規則法規に著しく違反した場合」に労働契約を終了させることができると定めている。本案件において、周氏が職歴を隠し、履歴書に正しい情報を記載しなかったことは、労使双方の契約上の合意に反するだけでなく、労働者にとって最も基本的な職業倫理にも、相応の法的結果を負わなければならない。
更に周氏は、試用期間中に業務でミスをしたこともあった(本採用の要件を満たせなかった)。これらの状況を鑑みると、会社側が周氏との労働契約を解除した行為は、企業の自主的な運営権を反映したものである。 法律は労働者の正当な権利と利益を保護するが、法律を利用して個人による不法な目的を達成しようとする行為を拒絶するものである。総じて、会社側の周氏に対する労働契約解除適法かつ正当なものである」として、二審の判決理由の訂正を命じた。なお本案件は、会社側が原審で周氏へ3万6000元の補償金を支払うことに同意し、再審でも原審の判決に異議を唱えなかったことから、二審の判決が確定している。
分析:
本案件は、試用期間中に妊娠中の女性労働者との労働契約を解除することは違法であるとする一審、二審の判断を受けて、労働者側が保護不十分を理由として検察庁へ再審を申し立てる展開となったが、再審庭が二審判決を維持しつつ、二審判決の理由を大幅に覆して申し立てを棄却したことは、労働契約法の立法趣旨を正確に把握し信義則を守る上で大きな意義を有する。
一、労働契約における信義則
信義則は、市場経済の核となる原則である。信義則が遵守されなければ、社会主義経済における市場の構築はおろか、市場経済をも存在し得ない。「民法典」第7条は、「民事活動に従事する民事主体は、信義誠実の原則に則り、その約束を守らなければならない」と規定しており、また「労働契約法」第3条でも、「労働契約の締結は、適法、公正、平等及び自発的、合議及び誠実信用の原則に則らなければならない」と定めている。
正直さとは、社会主義の核となる基本的な価値である。労働契約の履行において、信義則を無視して労働者を極端に保護し不正行為を擁護することは、信義則という社会において基本的に求められる価値観に反するだけでなく、社会主義の中核的価値に反し、真に調和のとれた労働関係確立の一助とはならない。
二、妊娠中の女性労働者との労働契約を解除できるか?
労働契約の履行における妊娠中の労働者に対する特別な保護は、主に労働契約法第42条において体現されている。但し同第39条では、「労働者が試用期間中に雇用条件を満たしていないことが証明された場合」または「労働者が使用単位の規則や規定に著しく違反した場合」、使用単位は直ちに労働契約を終了させることができると定めている。この条項における「労働者」という言葉は、妊娠中の労働者を含むすべての労働者を指す。
再審庭が指摘するように、妊娠は女性労働者の「錦の御旗」ではない。妊娠中の労働者がどれだけ不正行為を行おうと、重大な規律違反を犯そう、使用単位が当該労働者との労働契約を解除できず、賃金、社会保険料、住宅資金を全額支払い続けなければならないというのは、社会通念上妥当ではない。
労働法には「労働者保護の原則」というものがあり、これは労働者を保護し、労働関係における不平等や自由の欠如を緩和するために、労働者の利益を有利に保護することを意味する。しかし、これは労働者が無条件に保護され、また使用単位の行為が無条件に制限されることを意味しない。労働者の保護には合理的な境界線が必要であり、信義則が遵守されなければならない。これは、妊娠中の労働者を含むすべての労働者に適用されるものである。