【判例】法定定年退職当月の賃金は、必ず満額で支払わなければならないか?(2023年2月28日)
●摘要:
企業の労働者が定年退職した場合、社会保険機構から年金が支払われるのは定年退職日(※法定定年退職年齢に達した日)の翌月からとなる。それでは、法定定年退職年齢に達した日、すなわち誕生日が月末でない従業員について、使用単位は退職月の賃金を、法定定年退職年齢に達した後の賃金も含めて全額支払わなければならないのだろうか?また、労働者は法定定年退職年齢を過ぎて月末まで働き続けなければならないのだろうか?
使用単位は、定年退職した労働者への賃金支払いを関連法規に基づいて厳格に従って処理すべきだが、長年勤務した労働者の労をねぎらい、会社の人間的配慮を賃金へ反映させるよう留意すべきである。また、労働者は企業の実務上の困難を考慮し、最終勤務日を決定すべきであろう。
●案例:
張氏は1960年6月5日生まれの漢民族の男性で、上海市普陀区に居住している。 張氏は2020年6月5日に60歳に達したため、上海市内のL食品有限公司を定年退職したが、会社側は張氏へ2020年6月の賃金を全額支払わなかった。そこで張氏は労働争議仲裁を申し立て、上海静安区労働仲裁2020年8月18日、会社側に対し2020年6月1日から2020年6月30日までの張氏の賃金の差額分3,190人民元を張氏へ支払うよう命じた。
これに対し会社側は、「労使双方で締結された労働契約から、張氏は通常通り出勤し労働を提供して初めて相応の労働報酬を受け取る権利があると言える。しかし張氏は2020年6月5日に定年退職しており、会社側へ労働を提供していない。故に会社側は、退職後の張氏の賃金を支払う義務を負わない」と主張し、上海市第二中級裁判所へ労働仲裁裁定の無効を求めて提訴した。
審議の結果、上海第二中級法院は2020年11月27日、「関連規定では、労働者が退職した場合、退職月の賃金は通常通り支払われ、翌月からは賃金の支払いが無くなる代わりに社会保障部門より給付を受ける。ゆえに、張氏が60歳に達して定年退職したのは2020年6月5日であったが、会社側は規定に基づき2020年6月分の賃金を全額支払わなければならない。本案件において会社側は、退職月の賃金を満額受け取るためには2020年6月末まで勤務する必要があることを張氏本人に通知せず、また、賃金の支払いに関する事項について張氏本人と協議しなかったため、張氏本人には、会社が2020年6月分の賃金を満額支払うと信じるに足る正当な理由があったといえる。
使用単位であるL社に対しては、退職した従業員への賃金の支払い及び福利厚生の給付について、関連法令を厳格に遵守して対応するだけでなく、長年勤務した労働者の労をねぎらい、会社の人間的配慮を反映させることが重要であるという点を指摘しておかなければならない。
総じて、会社側による仲裁判決無効の訴えは、わが国の労働紛争調停仲裁法に規定されている仲裁判決無効の法定事由に合致していないものである」とし、会社側の訴えを棄却した。
分析:
一、定年退職者の退職月の賃金は、労働者が労働を提供して初めて支払われるのか?
「労働契約法実施条例」第21条には、「労働者が法定定年に達したとき、労働契約は終了する」と規定されている。
現在のわが国の規定では、企業で働く人の法定定年は男性が60歳、女性の場合は管理職と技術職で55歳、非管理職及び技術職で50歳となっており、労働者が法定定年に達した場合、使用単位は労働契約を終了させることができる。しかし、養老年金については退職の翌月からしか支給されないとされている。それでは、使用単位は、退職月中に法定定年退職日を迎えた労働者の退職月の賃金を、どの程度の割合で支払わなければならないだろうか?
「国家労働総局 労働者の定年退職に関する国務院暫定措置の実施に関する若干問題に対する処理意見」では、労働者が定年退職した場合、定年退職月の賃金は通常通り支払われると規定されている。しかし、この「意見」では、当月分の賃金は労働者が労働を提供した後にのみ支払われるのか、月給全額なのか、労働者の当月の実労働日数分なのかが明確にされておらず、司法実務においてよく議論となっている。
一つの説として、使用単位は退職月の賃金について、労使で合意した満額を支払う、というものがある。この説に基づけば、労働者がいつまで勤務するかは労使双方の協議によって決定される。本案件において上海第二中級人民裁判所が、会社側に対して規定に基づき、2020年6月分の1カ月分の賃金を張氏に支払うべきとの判決を下しているのは、この説によるものである。
また他の説として、本「意見」はまだ計画経済であった時代に導入されたもので、現在の市場経済の環境とは異なっており、当時は退職後の賃金(年金)は企業から支払われたが、現在は社会保障部門から支払われるよう変化している。ゆえに、仲裁裁定がこれに関する紛争処理に労働総局の意見を適用することは、現在の労働契約法の原則に反している、というものもある。
ここで、蘇州市で華洲公司に勤めていた李氏と会社側の労働争議を例として見てみよう。李氏は1958年9月19日に生まれ、2018年9月19日に60歳を迎えたことから、会社側は李氏へ2018 年 9 月 19 日までの賃金を支払った。これに対して蘇州中級人民法院は、李氏の退職月の賃金の支払いについて、労働契約上当事者間で特別な合意がなかったことから、会社側が李氏へ実際の勤務日数分のみ賃金を支払った行為を「不適切ではない」と判断している。
このような問題に遭遇した場合、労使双方は相互理解の精神に基づき、友好的に協議すべきであろう。上海第二中級法院の判決にあるように、使用単位は定年退職した労働者への賃金支払いについて関連法規に則って処理するだけでなく、労働者の企業に対する長期的な貢献と、企業の人間的配慮を反映した処置を行わなければならないと言える。また労働者側も、会社側の現実的な困難を考慮し、最終勤務日を決定すべきであろう。
二、退職月の賃金は年金受給額に基づいて支払われるべきか?
上記の第一説によれば、従業員の退職月の賃金は、労働者自身が受給する年金との比率ではなく、合意された賃金の比率で使用単位から支払われるべきである。ゆえに、労働者が病気休暇中の場合は、病気休暇手当の割合で賃金を支払われるべきである。
ここで更に、X物業(深圳)公司上海支社と黄氏との労働紛争案件を見ていこう。1958年9月20日に生まれた黄氏は、退職月である2018年9月に、会社側より病気休暇手当分の賃金率(一般的には40%程度)で1ヶ月分の賃金を受け取ったが、彼は会社側に対し退職月分の賃金を受給すべき年金額を基に2018年9月分を支払うよう求め法院へ提訴した。
一審判決は、黄氏が2017年6月から病気休暇中であったことから、病気休暇手当は勤続年数7.5年を基準に、連続6カ月間における病気休暇手当の90%で算定するとの判断を下した。すなわち、会社側が2018年9月30日までの病気休暇手当を基準として黄氏へ賃金を支払ったことは正当であったと言える。
なお、黄氏は一審判決を不服として上海第二中級人民法院に控訴し、会社側へ同じ内容を訴えたが、第二審は控訴を棄却し、原判決を支持している。
三、定年退職者の未取得年次有給休暇は、どのように処理すべきか?
労働者が定年退職を迎えるに当たり、その誕生日の日に労働契約を終了させる場合、その年に取得すべき年休も月末までではなく、誕生日まで消化する必要がある。
別の案件を見ると、2017年9月23日に法定定年に達した斉氏について、法院は斉氏と会社側との労働関係はその日に終了したと判断している。この案件においては、労使双方の労働関係が終了していることから、2017年9月23日以降、斉氏が未取得の年休手当を請求する事実上および法律上の根拠はなくなるとされているのである。