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【判例】同僚から受けた労災に対する医療費の支払い主体は誰になるのか?(2023年4月28日)

●摘要:

業務中の従業員の負傷は「労災保険条例」によって処理されるため、労災保険を受けると同時に使用単位へ「不法行為(侵権)責任法」に基づく医療費の補償を求めることはできない。なぜなら、「使用単位における労災リスクの分散」という労災保険条例の趣旨に反するからである。

本案件の劉氏の労災は同僚の蒋氏によって引き起こされたが、蒋氏は「社会保険法」第42条で言う「第三者」に該当しないことから、労災の医療費を負担する必要はないのである。

●案例:

某メンテナンス会社の従業員である劉氏、蒋氏は、ともに労災保険に加入している。2020 年 11 月 23 日、蒋氏と劉氏は会社側の業務手配により、蒋氏はドライバーとなり劉氏を伴って顧客の車両を返還するために車で外出したが、その途中蒋氏は交通事故を起こし、蒋氏、劉氏ともに負傷した。会社側は蒋氏、劉氏の入院中の医療費を支払うとともに、食費や看護費も負担した。その後、当該交通事故の責任は全面的に蒋氏にあり、劉氏には責任がないと認められた。

2020 年 12 月 31 日、人社局は会社側の申請を経て、蒋氏と劉氏の労災を認定した。その後2021 年 4 月 25 日、会社側は社会保険機関へ劉氏の労災にかかる医療費14万元余りの支払いを書面にて求めた(蒋氏の労災にかかる医療費は社会保険機構から正常に給付された)。これに対して社会保険機構は、「第三者が起こした事故により負傷した労働者が業務上災害を受けたと認められる場合は、第三者が医療費を負担し、第三者が医療費を負担しない、もしくは責任の所在を確定できないときは、労災保険基金が先行して医療費を支払うものである。しかし本案件においては、会社側が提供した資料を確認する限り、労災保険基金による医療費の前払いの要件を満たしていない。ゆえに結論として、当局は会社側の劉氏に対する医療費の支払い申請を支持せず、法律に基づき第三者へ医療費を請求すべきものであるとする」と回答した。会社側はこれを不服として、法院へ行政訴訟を起こした。

●判決:

一審は、「本案件の使用単位(会社側)は労災保険に加入しており、劉氏はその従業員であることから、業務中の事故による負傷は、社会保険行政部門により労働災害として認定されている。また、本案件における交通事故の加害者である蒋氏も同社の従業員であることから、蒋氏の交通事故による負傷も労働災害として認定されている。もし蒋氏が交通事故不法行為における第三者とみなされる場合、劉氏は蒋氏へ労働災害の医療費を回収すべきであり、また『不法行為責任法』34条1項にある『使用単位の従業員が業務遂行により他人に損害を与えたときは、使用単位は不法行為責任を負う』との規定から、労働災害の責任者たる主体は劉氏と蒋氏双方の使用単位たる会社側であると言える。原告(会社)の従業員である劉氏の傷害は『労災保険条例』の規定に従って処理されているが、『労災保険条例」の「使用単位の労災に対するリスクを分散する」という立法主旨に反することから、労災と同時に『不法行為責任法』に則り使用単位へ労災に対する医療費の補償を求めることはできない。したがって、蒋氏は『社会保険法』第42条に定める『第三者』に該当せず、劉氏とともに交通事故に遭った労災対象者とみなされるべきである」として、社会保険機構の判断を取消し、社会保険機構へ法律に則り労災による劉氏の医療費を支払うよう命じた。これに対して社会保険機構は控訴せず判決が確定し、社会保険機構は劉氏の医療費を支払った。

●分析:

使用単位の従業員が、業務において他の従業員から怪我をさせられることは珍しくなく、特に車での外出ではよくこういったケースが見られる。加害者と被害者の双方が業務において負傷した場合は、被害者の医療費を加害者が負担するか、労災保険金で負担するかが争われることとなる。一審で解決を見ている本案件だが、代表的な事例として検討する価値があるものである。

一、「社会保険法」第四十二条に規定する「第三者」の解釈

「社会保険法」第42条では、「第三者が労災にかかる医療費を支払わない場合、または第三者が特定できない場合は、労災保険基金が先行して医療費を支払い、当該第三者へ医療費の支払いを求める」と定められている。本案件において、蒋氏が交通事故の全責任を負うと交通事故責任証明書に記載されていることから、蒋氏が「第三者」であるならば、劉氏は蒋氏から業務上の災害にかかる医療費を回収しなければならない。しかし蒋氏もまた使用単位の従業員であり、「業務遂行」の過程で他人に損害を与えているのである。

「不法行為責任法」第34条第1項によれば、劉氏と蒋氏に共通する使用単位が業務上災害の医療費を負担することになる。この種の責任は、代理責任、すなわち加害者の行為に対する非加害者の責任の一形態であり、また、無過失責任の一形態でもある。その目的は、無過失責任の原則を適用することで、被害者の正当な利益を有効に保護し、また被害者の損害賠償請求権をより容易に実現し、被害者が適時救済を受けることができるようにすることである。「民法典」(2021年1月1日施行)第七編「不法行為責任」第1191条第1項にも同様の規定がなされている。簡単に言えば、蒋氏が職務の遂行中に負傷していることから、最終的な責任は使用単位へ回帰するため、蒋氏が「不法行為の第三者」になることはできないのである。また会社側は「使用単位の労災に対するリスクを分散する」ことを重要な目的とする労災保険に加入しており、劉氏の負傷は労働災害として認定されていることから、会社側も「不法行為の第三者」とはなり得ない。ゆえに法院は、蒋氏や使用単位が第三者となって労災の医療費を負担するのではなく、「労災保険条例」の規定に則って労災災害保険基金から医療費を支払わなければならない、との判断を下したのである。

二、第三者による権利の侵害があった場合の使用単位による損害賠償の支払いについてどのように考えればよいか?

「民法典」第七編「不法行為責任」1191条1項には、「不法行為責任を負う使用単位は、故意または重過失があった従業員へ損害賠償を請求することができる」と定められている。 それでは、仮に本案件が2021年1月1日以降に発生した場合、医療費は蒋氏が負担すべきだろうか?また、労災保険基金からは一切の医療費が支払われないことになるのだろうか?

「民法典」第1191条では、被害者と不法行為者の間の外部請求と、使用単位と従業員(被害者)の間の損害賠償責任を区別している。外部への損害賠償請求においては、使用単位の従業員が業務に関連して他人に行った不法行為の唯一の責任主体は使用単位である、すなわち加害者の業務上の不法行為に対する責任は全て使用単位が負うのである。この理論は、使用単位の事業活動の範囲内にある一切の行為は、従業員個人ではなく使用単位が行った行為とみなすべきであり、したがって、そこから生じる責任は、従業員個人ではなく使用単位が負うべきであるとするものである。「不法行為責任法」は使用単位の損害賠償請求権を定めていないが、この点について立法府は、法律の規定に従って、あるいは当事者間の合意に基づいて、使用単位が損害賠償請求権を行使することを妨げるものではないとの見解を示している。言い換えれば、当該規定は、「民法典」に明示されている規定を除いて、法改正前であっても法改正後であっても、司法実務における運用に根本的な違いはないのである。「民法典」施行後も、この問題に対する考え方は改正前と同様であるから、その結果も当然に同じとなる。つまり、従業員や使用単位が不法行為による損害を与えた「第三者」とみなされず、労災の当事者同士で損害賠償の請求が発生することはないのである。

三、労災保険基金へ先払いした医療費の支払いを求めるには?

始めに、本案件は医療費の先払いに該当するかという点については、前述のとおり、本案件は第三者の不法行為に該当しないため、労災の医療費は労災保険基金が直接負担すべきであることから、先払いを適用することに問題はない。次に、使用単位の従業員が職務上、使用単位以外の第三者による権利の侵害行為によって負傷した(その医療費を使用単位が支払った)場合において、「社会保険法」第42条の「第三者が業務災害の医療費を支払わないとき又は第三者を特定できないときは、労災保険基金が先行して医療費を支払う」との規定から、医療費の先払いに該当する可能性がある。「社会保険法」では、被害者の第三者に対する民事損害賠償請求権と労災保険基金に対する労災治療請求権との競合について明確に規定されていないため、負傷した従業員は不法行為責任法と社会保険法に従ってそれぞれ不法行為の賠償請求と労災保険の双方が適用され得る立場となるが、労災にかかる医療費を再度受け取る権利は認められていないことから、まず第三者へ損害賠償を請求することとなる。「社会保険法」によれば、労災保険基金が第三者による損害賠償に先んじて医療費を支払う前提は、「第三者が労災医療費を支払わない、または特定できない」ことである。ゆえに、第三者から医療費が支払われた場合は、被害者は労災保険機構へ医療費を請求することができない。もし労災保険基金による先払いの要件を満たす場合、労災保険基金は先に医療費を支払った後、第三者から医療費を回収する権利を有することとなるため、被害者は、今度は第三者に医療費を請求することができないことになる。

第三者による権利侵害による医療費の先払いは、労災の被害に遭った従業員と第三者との間に損害賠償関係が存在することを前提とする。この場合第三者は、既成の法律関係の存在と社会保険法の規定に基づいて第一の損害賠償支払義務主体となり、労働災害保険基金は第二の損害賠償支払義務主体となる。すなわち第三者と労災保険基金の関係は、並立ではなく従属の関係にあり、第一の主体が損害賠償を支払わない場合にのみ、第二主体が損害賠償の支払義務を負う。つまり、労災の被害を受けた従業員は、第三者への損害賠償請求手続きを飛ばして、直接労災保険機構へ医療費の支払いを求める事はできない。もし労災保険機構へ医療費の支払いを求める場合は、例えば、労災の被害者が第三者の損害賠償を求めて提訴した、裁判の判決は出たが強制執行が行われていない、強制執行の停止が発令されたなど、第三者が医療費を支払わない、あるいは支払えないことを裏付ける情報を労災保険機構に提供する必要がある。これは、労災の被害を受けた労働者の権益と労災保険基金の安全を守るための科学的、合理的、現実的なアプローチであることから、司法はこれを支持しているのである。