聞いてみなければ解らない!人物インタビューシリーズ
『日鉄軟件(上海)有限公司 久保 良一 董事総経理 インタビュー!』2025/10/10
中智日本企業倶楽部・智櫻会 経営者インタビュー 第111回
学び続ける人材と共に未来を創る——日中をつなぐITの懸け橋
——日鉄軟件(上海)有限公司 久保 良一 董事総経理
1994年に東京工業大学卒業後、千代田化工建設に入社し、機械エンジニアとして海外プラント建設に従事。その後、IT業界へ転じ、ERPコンサルタントやPMとして多くのプロジェクトを担当。2005年に日鉄ソリューションズに入社し、産業ソリューション事業部PM、製造業・重工業・プラント業界向けの各種プロジェクトを率いる。2013年にはタイ拠点立ち上げに参加し、MDに就任。帰任後2020年に日本本社で産業技術部門の事業部長に就任。2024年から日鉄軟件(上海)の董事総経理として中国に赴任し現在にいたる。
日鉄ソリューションズ株式会社は、日本製鉄グループのシステムインテグレータとして、製造、流通、金融、公共分野にITソリューションを提供し、DX支援を強みとしています。同社は2002年、上海に新日鉄軟件(上海)有限公司(当時)を設立。以降23年間、中国での事業を着実に拡大してきました。現在は中国国内の日系企業を中心に、システム構築や保守、クラウド活用支援、AI導入など幅広い分野で顧客企業の課題解決に取り組んでいます。今回は、久保良一董事総経理に、中国事業の現状や課題、AI時代の人材像、さらには中国での生活や今後の展望について語っていただきました。
◆◆◆ 新卒採用とキャリア採用で優秀な人材を課題 ◆◆◆
会社が成長を持続させるには人材の質と量が欠かせない。日鉄軟件(上海)有限公司(以下、日鉄軟件)は、これまで新卒採用とキャリア採用という2つのルートで積極的に優秀な人材を採用してきた。近年、中国の新卒採用市場は特殊な状況にあり、それが同社には追い風となっていると久保氏は語る。
「新卒採用については、全体的に新卒生の需要が低くなっているため、むしろ当社にとっては優秀な人材を確保できるチャンスとなっており、これまでであれば採用が難しかった優秀な学生に入社してもらえるようになっています」
一方で、キャリア採用は苦戦が続いている。「転職市場が冷え込む中、即戦力となる人材の確保は容易ではありません。社員の友人を紹介してもらうリファーラル採用や、過去に在籍していた元社員を呼び戻すなど工夫をしていますが、決定的な解決方法には至っていません。今後も柔軟な取り組みを継続する必要があります」
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◆◆◆ AI時代に求められる人材像——人材の質を高めるためには「学べる力」が不可欠 ◆◆◆
AIの進化に伴い、人材に求められる能力も変化している。久保氏は次のように指摘する。「AIは画像や音声からも高度な出力を瞬時に生み出せますが、その結果が正しいかどうかを判断できなければ意味がありません。AIの出力を評価する“人間の力”こそ、これまで以上に重要になっています。例えばプログラムコードの生成では、技術的に妥当かを評価できる知見がなければ製品に組み込むことはできません。また、過度に制約を課したプロンプトでは、AIが人間の意見に迎合してしまい、正しい答えから遠ざかるリスクもあります。だからこそ、当社ではAIの専門スキルだけでなく、多面的な能力と高いコミュニケーション力を持ち、総合的に目的に合ったシステムを構築できる人材を育成したいと考えています」
また、同社では採用者全員に対して久保氏自ら講師となって研修を行っている。「日本語に関する研修なのですが、それよりコミュニケーション研修に近い内容です。例えば、過度な尊敬語や謙譲語はビジネスの現場ではあまり役立たないのでやめましょう、と伝えています。丁寧すぎる日本語を使うより、デスマス調で分かりやすく、スピード感を持って話すことが大切です。そのほか、説明の順序についても指導しています。日本では結果を先に示し、その後に理由を説明するのが一般的ですが、中国では“因为,所以”の順で説明します。ところが実際のビジネス現場では“所以,因为”の順でないと話が合わないことが多い。まず結果を話せば、その理由や原因を話さなくてもいいことが少なくありません。」このように、久保氏は社員の現実的なニーズを踏まえながら、人材育成のあり方を常に工夫し続けている。
久保総経理が研修で使用している資料 |
◆◆◆ DX・AIを活用した新サービスを展開 ◆◆◆
デジタル化の波が押し寄せる中、日鉄軟件はAIの導入支援にも力を入れている。「中国製AIを使いたいけれど、クラウド利用は秘密情報保護の観点から利用が難しいというお客様からの声が多く寄せられます。そこで、オンプレミス(自社管理・運用)でAIサーバーを構築する『オンプレミスAI基盤』と、効果を検証しながら進める『POCパッケージ』の販売を開始しました」
「当社内では既にオンプレミスAI導入による閉域ネットワークでの開発効率化や、社員の一般業務支援などを実現しています。生成AIは、導入すれば自動的に効果が出るものではありません。しかし、秘密情報管理が重要で、日本語・英語・中国語といった多言語ドキュメントを扱い、コミュニケーションが鍵となる企業にとっては、導入効果が大きいと考えています」
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◆◆◆ 自由さが生む発想力——中国経営で感じる日本と中国の違い ◆◆◆
中国での経営に携わる中で、日本との違いや中国の優れた点について尋ねると、久保氏は率直にこう答えた。「日本は同調圧力がとても強いですよね。その点、中国は自由です。日本は周りの目をすごく気にしますが、中国ではそういう束縛が少ないように感じます」
その背景には、個人の発想力や行動力の違いがある。「特に、自由な発想と行動力につなげる個人の力は、日本に比べてかなり優れていると思います。日本と比べて、中国の方が社会的許容度が高く、自由な発想を育んでいるのではないかと感じています。社内にもできるだけ自由な空気を持ち込みたいと考えています」
さらに、中国の社会やビジネスの運営のあり方にも、日本とは異なる特徴があると久保氏は指摘する。「中国では圧倒的な人数と規模に対応するためにシステム化が徹底されています。その一方で、例外事項やシステム設計が不十分な場合には、人手で柔軟に回避することもあります。厳密さと大らかさが同居している点や、ルールを超えた合理的な判断による行動規範は、日本人の感覚とは少し違いますが、これもまた日本とは異なる素晴らしさがあると思います」久保氏の言葉からは、中国の自由さや個人の強みを認めつつ、文化の違いを冷静に捉え、それを経営や組織運営に生かそうとする姿勢がにじみ出ていた。
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◆◆◆ 自由で豊かな中国での生活を実感 ◆◆◆
中国での生活について久保氏は「毎日が発見の連続」と話す。「中国は自由で豊かだと実感しています。赴任前に抱いていたイメージとは全く違いました」
休日は趣味の自転車を楽しんでいると久保氏は話す。「最近、真っ赤なクロスバイクを買いました。近所を1時間ほど走るだけで、良い気分転換になります。サッカーも好きですが、年齢的に少し厳しくなってきたので、自転車がちょうどいい運動になっています」さらに、社員から勧められ、中国語の勉強も始めた。「週に一度のレッスンですが、新しい言語を学ぶこと自体が良い刺激になっています」と笑顔を見せた。
◆◆◆ 技術力と対応力で、お客様とともに未来を創る ◆◆◆
最後に、今後の展望について久保氏に伺った。「日鉄ソリューションズ株式会社は、日本製鉄グループのシステムインテグレータです。中国に進出して今年で創立23年目になります。当社の強みは、技術力と日系企業様向け対応力です。技術力としては、クラウド・IT基盤技術、基幹システム構築、AI技術に強みがあります。クラウド・IT基盤技術では、オラクルやアマゾンのような西側製品のみならず、テンセントやアリババのクラウドやミドルウェア製品にも対応し、多くのお客様にご評価をいただいております。
幹システム構築では、グローバル製品や、ローカル製品を使って、システム再構築やロールアウトプロジェクトを、中国、日本、および東南アジアの事業拠点向けに対応しています。生成AIについては、中国製AIを利用したいが秘密情報保護の観点でクラウド版を利用することができない、というお客様向けに、「オンプレミスAI基盤」の販売を開始しました。秘密情報管理を厳しく行う必要があり、かつ、日本語・英語・中国語の複数言語のドキュメントが多数存在する企業様には、特に導入効果が期待できるのではないかと考えています。日系企業様向け対応力としては、日本語力は言うまでもなく、日系企業特有の文化に対する理解を持ったスタッフが、必要な場合にはお客様の日本本社の日本人とも直接コミュニケーションしながら、プロジェクトを推進しています。例えば、ローカル製品を導入したいが、ローカル企業によるプロジェクトのリスクには不安がある、というようなお客様には、きっとお役に立てると存じます。情報のプロフェッショナルとして、当社の技術力と日系企業様向け対応力で、お客様とともに、未来をつくっていくご支援をさせていただきたい、と考えています」
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中智の感想:
今回のインタビューで印象的だったのは、「学び続ける力」を人材育成の核心に据える久保総経理の姿勢です。AIが進化する時代だからこそ、知識を吸収し正しく判断できる“人間の力”が重要になるという言葉は重みがありました。また、自ら研修を行い、現場に即した指導を続ける姿からは、実践的な経営者像が伝わってきました。技術力と日系企業ならではの対応力を強みに、日鉄軟件が中国で新たな価値を創造していくことを期待します。
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※「会社名、役職名はインタビュー記事発表時の名称です」