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聞いてみなければ解らない!人物インタビューシリーズ

『上海吉田拉鏈有限公司 坪島 広和 董事兼総経理 インタビュー!』2020/09/04

<strong><font style="font-size:19px">迅速な復工復産を支えたYKK精神とBCP </font></strong>

迅速な復工復産を支えたYKK精神とBCP

<strong><font style="font-size:19px">——上海吉田拉鏈有限公司 坪島 広和 氏</font></strong>

——上海吉田拉鏈有限公司 坪島 広和 氏


 

上海吉田拉鏈有限公司

 坪島 広和 董事兼総経理

 

1993年に大学卒業後、YKK株式会社に入社。入社後は富山県黒部市にあるメイン工場で財務経理を担当。97年に大連吉田拉鏈有限公司立ち上げにあたり管理部長として赴任。2001年に帰国し、東京本部で事業企画を担当。その後15年に大連吉田拉鏈有限公司の総経理へ就任、18年から上海吉田拉鏈有限公司の総経理へ就任し現在に至る。

 

◆◆◆ 加工輸出中心から、内需向けへシフト ◆◆◆

YKK株式会社は、1934年に創業者の吉田忠雄氏が始めたファスナーの加工・販売をルーツとする。現在、グループ会社は世界72カ国/地域に109社(国内18社 海外91社)あり、経営体制は、世界の事業エリアを北中米、南米、 EMEA(ヨーロッパ・中東・アフリカをカバーするエリア)、中国、アジア、そして日本の6つのブロックに分け、地域ごとの特色を活かしながら各社が主体となってグローバル事業経営を展開しており、日本国内約1万7千名、海外約2万8千名が従業員として働いている。

上海吉田拉鏈有限公司(以下、上海YKKジッパー社)について、「上海YKKジッパー社は、92年に設立されました。翌93年には閔行工場を、08年には臨港工場を設立し生産を開始しました。現在、上海YKKジッパー社は、全世界のグループでNo.1の生産本数を誇ります。」と坪島総経理が紹介してくれた。

同社の販売内訳は、加工輸出が半数以上を占め、残りは内需向けとなっている。近年、縫製業界は中国から、より人件費の安い国へ移転する傾向にあるが、「確かに加工輸出の需要は減少傾向にありますが、逆に内需向けの需要が増加傾向にあり、加工輸出の減少を補っています。」かつての様な毎年2ケタ成長には届かないが、現在も順調に売り上げを伸ばしていると、坪島総経理は語る。最近では、日本や欧米のブランドだけではなく、中国の大手アパレルメーカーとの取引も増えてきている。

 



  

 

◆◆◆ 春節休暇を返上して無償で防護服用ファスナーを生産 ◆◆◆

今年の年初から新型コロナウイルスが流行する中、上海YKKジッパー社は防護服用ファスナーの緊急生産の依頼を受けた。同社は緊急の依頼に応じ春節休暇を返上して速やかに生産開始し、無償提供したことが大きなニュースとなった。当時の状況を坪島総経理にたずねた。「1月29日にお客様から防護服用のファスナーを至急生産して欲しいと連絡を受け、31日に生産を開始しました。当時、私は次年度の事業計画会議のため日本に帰国していたので、閔行と臨港両工場の中国人工場長が中心となり、上海にいる従業員に集まってもらい生産を開始しました。」

春節は中国人にとって特別な祝日であり、しかも上海でも疫病流行の心配が高まる中、なぜ迅速な生産を実現できたのか坪島総経理にたずねた。「社会に貢献できるのであれば、ぜひ頑張りたいと社員達が自主的に集まってくれました。当社は設立から28年経ちますが、その間にYKK精神や理念が社員達にしっかり浸透していたおかげだと思います。」

YKK精神について、「創業者である吉田忠雄の企業精神であり、『善の巡環』と称します。これは、他人の利益を図らずして自らの繁栄はないという意味で、会社は社会の重要な構成員であり、共存してこそ存続でき、その利点を分かち合うことにより社会からその存在価値が認められるという考え方です。私達はこの考え方を受け継ぎ、YKK精神としています。」と坪島総経理は説明してくれた。


 

◆◆◆ あらゆるケースを想定しコロナ危機を克服 ◆◆◆

操業再開にあたり、社員の出社を確保できたとしても、生産現場での防疫措置が問題となる。当時は多くの企業からマスク等の防疫用品の確保に苦労したという話をよく耳にした。この点について坪島総経理はいう。「マスク等の防疫用品は、春節前から中国国内での調達やYKKグループの協力を得て準備できたので、それを社員達に配ることで安心して勤務してもらいました。」上海で十分確保していたマスクは、その後に疫病が流行した欧米や日本のグループ会社にも送ることになる。

 



  

同社の危機管理は防疫措置に留まらない。「上海では2月10日から正式に操業が認められましたが、この状況が今後1年程度続くことを想定し、収益の改善施策に取りかかりました。2月から3月にかけて事業計画を全面的に見直すことで数千万元(通年効果見込み)のコストカット施策を実行中です。」このことが功奏して前年比で売り上げは落ち込んでいるものの、4月から業績が回復し利益を確保できているという。

それでも坪島総経理は今後について、気を緩めずあらゆるケースを想定している。「当時想定したシナリオより若干上ぶれし、心配したほど悪化していませんが、この厳しい状況がいつまで続くのか先行きは不透明です。この先どの様な状況になっても柔軟に対応できるよう、悲観シナリオだけではなく、景気が急回復して大量の受注がきても対応できるように準備をしています。」同社の危機管理体制を聞くと、想定外という言葉は言い訳にしか聞こえない。

同社は堅い守りだけではなく、ウィズコロナ時代に合わせた積極的な攻めの開発を行っている。「世界的に新型コロナ流行が続く中、使い捨ての防護服用にコストを抑えたファスナーを開発しました。」柔軟に状況へ対応し、常にスピード感を持って開発に取り組んでいると坪島総経理は語る。

 

◆◆◆ 会社の業績を社員の幸福につなげることで良い巡環が生まれる ◆◆◆

坪島総経理は、大学で会計学を専攻し、YKK入社後は財務経理を担当する。ところが入社4年後の97年に大連吉田拉鏈有限公司の立ち上げにあたり、管理部長として赴任する事になる。「最初の赴任当時は27歳でした。まだ年齢が若いこともあり、中国人社員達と一緒に仕事をするという気持ちで同じ目線で接することを意識しました。自分ができないことを部下に指示しても聞いてくれませんからね。」経営を軌道に乗せ2001年に日本へ帰国し、執行役員を経験した後、15年に再び大連吉田拉鏈有限公司へ、今度は総経理として赴任する。「大連吉田拉鏈有限公司設立時に私が採用した新入社員達が、総経理として赴任した時には幹部社員として迎えてくれた事に、会社と社員達の成長を見て感慨深く思いました。」その後、18年からは上海YKKジッパー社の総経理に就任する。

総経理として最も気にかけているのが、社員の生活の安定だと坪島総経理はいう。「会社の業績を社員の幸福につなげること、つまり収益を上げることで、社員の福利厚生を充実できるよう心がけています。そうすることで、社員達は結果を出せば待遇も良くなり、会社も大きくなりやりがいを感じる事ができます。この考え方は、幹部クラスにはだいぶ浸透してきており、一緒に頑張って結果を出せば、給与や福利の改善につながるという良い流れができてきています。」


上海YKKジッパー社のオフィスを訪れた際、個性的なファッションを展示しているのが目についた。「デザイナーのたまごである学生の皆様に、YKKを知ってもらうことを目的に、東華大学と協力して毎年ファッションショーを開催しています。そしてこのショーで表彰されたファッションをオフィスに展示しているのです。」と坪島総経理は説明してくれた。


インタビューの最後に、今後の展望を坪島総経理にたずねた。「これからも、より良いモノをより安く、より速くをモットーに積極的に展開していきたいと思います。人件費などのコストが毎年上昇していますが、技術力と効率化でコストアップを克服し、上海YKKジッパー社を世界最高品質で、お客様の求める製品を常に生み出せる会社にできるよう引き続き努力してまいります。」

【中智からの感謝の言葉】

虹口区のオフィスに足を踏み入れると、明るくおしゃれな内装に、ファッションが展示されており、伝統的な製造会社というより、むしろアパレル会社のオフィスのように感じました。品質は当然のこと、高い美的センスを持ち合わせていることが、世界の一流ブランドから信頼されている理由のひとつではないかと感じました。

同社は、春節期間中に緊急生産の要請を受け、わずか2日後に操業再開を実現しました。その理由として、坪島総経理は、事前の準備と従業員の自主的な献身を挙げられました。これには、BCPが有効に機能するよう整備するだけではなく、毎年総経理も参加しての訓練を実施していること。YKK精神である「善の巡環」を従業員一人ひとりに浸透させるために、会議や研修の場で教えるだけではなく、雲南省の貧困地域の支援や図書の寄付など社会貢献活動や、従業員に対する利益還元を積極的に行い、従業員がその意義を実感できる仕組みを整えていたことが挙げられます。理論と実践を結びつけることの大切さを改めて認識しました。